【昭和1年】冥友録

12月29日 マイナー・マリーア・リルケ(51)
白血病のためバルモンの病院で死去。オーストリアの詩人。1875年にプラハに生まれる。91年ごろより試作を始めるが、その芸術が真に開花するのは終生の友ルー・ザロメと出会い、99年と1900年に二度のロシア旅行を体験してからであった。01年女流彫刻家クララ・ヴェストホフと結婚するが、翌年単身パリに赴きロダンに出会い深く傾倒。芸術上の影響を受ける。10年に小説『マルテの手記』を執筆。21年からはスイスのシャトー・ド・ミュゾットにこもり、『ドゥイノの悲歌』等のすぐれた叙情詩を書き続けた。

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