ジプシー絶滅計画

ヒムラーは独のジプシーに対するアウシュヴィッツ令に署名、ジプシー=シンティとロマ殲滅を決定。これに基づいて翌年3月1日からジプシーは強制収容所に送られ、財産は没収、強制労働させられ、人体実験、断種・不妊手術を強制され、ガス室で抹殺された。少なくともナチス政権下の絶滅キャンプで50万人以上のジプシーが虐殺されたとみられる。しかしユダヤ人虐殺の陰になり、西独連邦最高裁は1956年にナチスのジプシーに対する人種政策は犯罪予防的なものであったと宣言し、戦後も差別の内に置かれ、「いまなお迫害され」70年代終わりになってやっとナチス下ジプシー迫害の出版物のドイツ語版が出るという状況であった。

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