加藤「隼」戦闘隊

7月22日
「不世出の巨鷲」「加藤の前に加藤なく、加藤の後にも加藤なからん」と謳われた「陸軍の至宝」加藤建夫陸軍中佐が5月22日ビルマにて敵機を追撃、撃墜すると共に自爆、壮烈な戦死をした。「隼」戦闘隊の先頭となり主要戦場を転戦し、果敢なる攻撃と卓越した戦技をもって敵機二百数十を撃墜破させた至大な貢献をたたえ、寺内寿一陸軍最高指揮官から感状が授与されたことを陸軍省が発表。これで事変関係3回、大東亜戦4回、合わせて前後7回という建軍以来感状授与の最高記録を樹立したうえに、陸軍将校初の2階級特進である陸軍少将に任命された。

9月22日
陸軍葬。

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