石原博士の愛、破局

東北帝国大学勅任教授の栄職を振り棄て、家庭愛を破り、一切を犠牲に進んで来た石原純博士の至情に動かされ、世のあざけりの前に身をさらし、千葉県保田に愛の素を営んだ歌人原阿佐緒女史はそれから8年、漸く世間の噂から遠のいた今突如馴じみ深い愛の素「曖日荘」を飛出し上京26日夜の汽車で老いたる母人と2人の愛児の住まふ故郷宮城県黒川郡宮床村の「山の白い家」へ帰つて行つた。前々からうちあけ話をきいてゐたK女史の話を綜合すると、当時東北大学教授たり石原博士が職を抛つて阿佐緒女史の愛を求めたのには最初から無理があつた。博士は阿佐緒女史を全然一人の可愛い人形として愛したので感情ばかりで理性の無いかと思はれる純情な阿佐緒女史は、全く受け身の立場にあつて博士の力に負けたのであつた。が負けず嫌ひの阿佐緒女史は一旦の愛恋に完全な実を結ばせやうとして血みどりな戦ひをつづけ、世の非難と争ふと共に博士に対しても一個の人格として扱はれる事を絶えず希ひ求めてきたのであるが、遂に改めることのない博士の頑くなな性情に絶望してここに最後の道を取るに至つた。
(東京日日)

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