説教強盗捕まる

1月5日
午前2時50分ごろ、東京府下高井戸町上高井戸養老院浴風園内のタバコ売店に、説教強盗が現れ、現金10円、金指環、簡易保険通帳を奪って逃走。

1月10日
説教強盗は、午前4ごろ東京府下中野町打越の日本音楽学校寄宿舎に現れ、少年ふたりを縛り、小使い室にいたおばあさんの招き猫の貯金入れから6・7円を盗み、一番電車を待って逃走。

1月11日
東京府下砧村の女流作家三宅やす子女史邸を襲い、現金45円と小型写真機1台を奪い、午前6時すぎに立ち去る。

1月16日
「十六日」は説教強盗が出る日だという、警視庁と全警察署の警戒網を潜って、東京府下駒沢町上馬に現れ、現金36円を奪い、夜明けとともに逃走。

1月23日
「報知新聞」社会面に「説教強盗逮捕」の記事と家族の写真までをスクープとして全面掲載。しかし、当日午後、逮捕した警視庁は「犯人ではない」と発表。翌日、一面中央に謝罪文を掲載、被害者の家庭に見舞金を出した。

1月16日
赤坂区青山北町の下田歌子女史邸に押し入り、現金50円と郵便貯金通帳を奪い、たばこをのみ立ち去る。この際、ガラス戸と電話機に賊のものと思われる指紋が残された。

2月1日
小石川区大塚仲町の第一製薬重役邸に押し入り、現金47円を奪い、夜明けとともに逃走。

2月6日
銀座松屋前で捕まえた男は「説教強盗」二世であった。男は前科4犯岡崎秀之助(36)であることを自白し、三宅やす子女史宅、下田歌子女史宅など7ヵ所で強盗を働いた。

2月23日
4年越しの怪盗「第一世説教強盗」を逮捕。犯人は府下西巣鴨町向原の左官職妻木松吉(29)であった。逮捕のきっかけは、大正15年11月25日府下上板橋町の白米商の家に押し入ったときガラス窓に残した中指一本の指紋を40万枚あまりの指紋と照合して発見したもの。

2月24日
妻木の自白では、現金は賭博につぎ込み生活はぜいたくをしない、盗品は入質うあ売却をせず自宅の額裏に隠し、侵入する家は3・4日前から綿密に内偵し、強盗にゆく時は必ず着替えを持ち付近の竹やぶで変装した。

3月21日
妻木は警視庁の取り調べに対し、強盗65件、窃盗29件、刑94件を自白。また、逮捕したときにあまり現金がなかったのは、女房にも知られないように余計な金は、浅草の乞食にめぐんでいたという。拘留期間29日では取り調べが終わらず、さらに3日間延長し、25日までに取り急ぎ書類を取りまとめて検事局に送致することになった。

昭和5年12月19日
東京地方裁判所で求刑通り無期懲役の判決。これは検事局側の「彼を無期懲役にしなければ強窃盗傷人事件の極刑に無期懲役を置いたのも全く無意義である」との求刑が通ったものである。

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