金融恐慌

3月15日
前日の衆院予算委で片岡蔵相は、野党に「不良銀行の名前と震災手形の所有金額を示せ」と迫られている最中、渡辺銀行支払い停止の報告を受けてつい同行の破綻を暴露。このためこの日渡辺銀行は姉妹銀行のあかぢ銀行とともに休業。ここから東京・横浜の中小銀行に預金者殺到、昭和金融恐慌の口火を切った。

3月19日
株式会社中井銀行は東京渡辺銀行休業以来危機を伝えられていたが18日には午後8時まで重役会を開き、其間日銀当局とも諒解を得たる上、いよいよ19日より31日まで整理のため休業する事に決定した。

3月22日
横浜の左右田銀行、東京の八十四銀行、中沢銀行、関西の村井銀行は万策尽き今暁1時半休業を発表した。

4月17日
枢密院、台湾銀行救済緊急剌令案を否決、若槻内閣総辞職。

4月18日
台湾銀行では18日午前0時日本銀行における有力銀行協議散会後重役会議を開き営業継続につきあらゆる方法を講究したが遂に台湾島内の本支店のみ開業し内地及び海外所在の支店は全部今18日より向う3週間休業するに決し其旨発表した。同日近江銀行休業。

4月21日
十五銀行休業。

4月22日
全国銀行は22日より23日まで二日間臨時休業することに組合銀行の総会において決定し従ってと東株取引所および東京米商並に大阪の各取引所もついに22、23両日は立会休止の外なりに至り22日朝理事会並に委員会を開いて決定。金銭債務の支払延期と手形保存行為の期間延長(三週間のモラトリアム)公布。

4月25日
取付騒ぎに各銀行は何れも支払準備のため力のある限り日本銀行からお札を借出した。日本銀行の兌換券発行高は23億と云う空前のレコードを示すに至った。

5月9日
日銀特別融通および損失補償法、台湾の金融機関に対する資金融通に関する法律公布。台湾銀行各支店営業再開。

5月10日
日銀総裁に井上準之助氏。

9月
今春の金融恐慌で東西銀行の預金が著しく移動した。とくに大銀行へ預金集中の傾向は本年上半期決算面において如実に之れを証明している。昭和元年下半期末における三井、三菱、第一、安田、住友の東西五大銀行の預金総額は22億3,300万円であったのが昭和2年上半期松には概算27億1,600万円に上り半期間の預金増加額は実に5億になんなんとしている。而してまた五銀行中において増加率の最も著しいのは三菱銀行で的確の数字は総会前としてまだ知ることを得ないが大体1億2,800万円は下らない見込であり、殊に、其東京市内の本支店預金は上期末で3億円台を摩しているというから恐慌前の1億8,000万円台に比すれば1億2,000万円内外の激増であり、現在東京交換所社員銀行中第1位の預金高を示していることになる。五銀行預金増減の内訳をなせば左の通り。(順位は預金増加額の大請による。単位百万円。)

三菱
2年上期末:456.8
元年下期末:328.8
比較増:128.0

第一
2年上期末:510.8
元年下期末:390.8
比較増:120.0

住友
2年上期末:523.9
元年下期末:435.1
比較増:88.8

三井
2年上期末:538.8
元年下期末:455.8
比較増:83.0

安田
2年上期末:686.5
元年下期末:622.5
比較増:64.0


2年上期末:2,716.8
元年下期末:2,233.0
比較増:483.8

▼この年3月30日に公布され昭和3年元旦指向の銀行法は、普通銀行の最低資本金を100万、東京・大阪に本支店を持つもの200万と規制。この条件に満たぬ銀行は617行で弘通銀行全体の約半分に当り、無資格での存続期間を昭和7年までとしたため、小銀行は増資するか合同するかを迫られ、昭和3年中に223銀行が姿を消し、7年までに534行が合同でなくなった。三井、三菱、住友、安田、第一の五大都市銀行への預金集中率は、昭和6年38.3%となり、金融独占資本が形成されていった。

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