大奥お局廃止

新帝陛下は、当分東宮仮御所であった赤坂離宮を御在所と定められ、古き昔からの大奥お局制度を廃し典侍、権典侍、命婦、権婦等を置かぬことになった。生活簡易化の範を万民に垂れさせ給うたもので、全女官長島津はる子女子は皇后宮付女官心得となり、これまで皇后宮付正規町典侍以下各女官は当分皇太后付女官として残る。

東西相撲協会合同

東京大角力協会では本所相生町同協会本部に役員十名、年寄全部約八十八名の出席を求め定時総会を開き決算その他を発表したが、この席上震災前からの懸案であつた東西両角力の合同問題が協議され、機運漸く熟した折柄とて全員一致を以てこの春場所から大阪角力協会との合同を認め両協会大同団結して従前の東京大角力協会の名称を廃し新しく日本大角力協会とすることに決定した。
(国民新聞・1・1)

松島遊郭疑獄

松島遊郭の移転によって暴利を得ようとした三土地会社が、大阪府知事の認可を得るため弁護士を通して政友会幹事長岩崎勲、憲友会総務箕浦勝人、政友本党党務委員長高見之通らに計五十九万を贈賄していた事件が、この年一月末の怪文書で発覚、予審審理の過程では若槻礼次郎首相(事件当時内相)、中川大阪府知事、川崎内務次官らを含む政党人の事件あさりの醜状が暴露、首相らも取り調べを受けたが、角南係予審判事が予審終結間際に手を引き、服部予審判事に代わり、この日箕浦、高見、岩崎ら六人を詐欺罪で有罪とし公判に付された。→箕浦は「政府に遊郭移転計画はなかった」とする検察の見方に対し、後輩にあたる若槻を偽証罪で告発、公判では箕浦、高見、岩槻は無罪、贈賄側のみ有罪。岩崎は昭和二年一月死亡で抗告棄却。

松江市の大火

29日午前三時十五分頃松江市灘町丹羽野敏明方製麺所より出荷し折柄雪を交へた西北の烈風に煽られ火は忽ち四宝に燃え広がり来待町筋一円を見る見るなめ尽くしさらに天神町本通北町の市内目貫の商店街を全焼して火勢愈よ猛烈を加へ停車場北側から北古寺町一円に延焼し南は東林寺墓地より北は出世稲荷附近でやつと食ひ止める事を約5時間に亘り三百二十八戸を焼失して午前八時に至り漸く鎮火するに至つたが焼失面積一万余坪に達し松江市に於ける空前の大火であつた。(松陽新聞)

世直し→もうひとつの死

午後二時頃朝鮮京城黄金町東洋拓殖株式会社京城支店に朝鮮人が乱入し爆弾を投げポストルを発射し負傷者七名をだしたが続いて同日午後二時半南大門の殖産銀行に到り同様爆弾を投込み引あげた。警務局は騎馬巡査その他を要所に配置し殊に総督府を始め主なる官庁会社銀行にも巡査の立番警戒を始めた。(東京朝日)

演芸娯楽放送中止

12月25日
演芸放送を中止していたNHK東京中央放送局は、御小康とみて25日から童謡とクリスマス音楽の放送を開始することになったが、ご病状急変を伝えられたため、24日夜は石原純博士の講演だけで、その後の番組を中止した。25日からは、時報、天気予報、ニュースを放送

12月26日
日本放送協会は、26日から1月3日まで演芸・娯楽放送を中止、廃朝明けには先帝の遺徳をしのぶ講演を放送することを決定。

失業対策

12月25日
内務省は、25日から30日まで廃朝となるため歌舞音曲を停止する旨全国地方長官に通達、またこの期間、工場棟は休止状態となるが、工場労働者の賃金は工場主がそれぞれ処置する、自由労働者は全く一時的失業状態に陥るため、この救済のため政府は慶福会をして適当の処置を講ずる。

12月26日
慶福会からの東京府への1万2,000円の救済金で、3万人の失業者に一日40銭の割で食券を交付。

▼大葬儀場は新宿御苑に内定し、御苑正門から中央線代々木駅に移御せられ、ここで御霊柩車に泰安し東京府南多摩郡浅川の新御陵所に、の次第が内定。

クリスマスの改元

新天皇陛下には大統を承け万機の政を行はせらるゝに臨み、先帝の帝政に遵ひ、枢密院の議に附し、愈々『昭和』と改元せらるゝことに御決定相成り詔書を以て公布することとなつた。
(時事新報)

詔 書
朕皇祖皇宗の威霊に頼り大統を承け万機を総ぶ茲に定制に遵ひ元号を建て大正十五年十二月二十五日以後を改めて昭和元年と為す。
御名御璽
大正十五年十二月二十五日
各大臣副署