世界自動車比べ

1月
米国商務局の調査による昨年9月30日現在の世界自動車数は2,458万9,249台で71人に対する1台の割合であると

その内米国は2,005万1,276台で米国全人口に割当て6人に1台、米国以外は453万7,973台、米国以外の全世界の人口に対し361人に1台の割

英国は81万5,957台で55人に1台、フランス73万5,000台で50人に1台、カナダは71万5,960台で13人に1台

日本はカナダにも遠くおよばず3万2,698台で1,809人に1台、支那は1万3,681台で3万1,871人に1台

商務局ではこの統計に付加して「一国の富力は自動車の利用が標準となる」と(但し→の数字は常用貨物全部を包括したものである)。
(東京朝日・1・1)

年賀状激減

1月
諒闇の春を迎へてもつとも影響の甚だしかつたのは年賀状である。元旦の早暁第一便として市内三十六局から配達される賀状の数は、昨年三千五百九十五万二千二百四十六通であつたのに、昭和第一の新春元旦に配達された数は二百八十二万六百三十八通であつて、前年に比べると八割六厘強の激減である。
(東京朝日・1・4)

【昭和1年】大震災以後

大正12年(1923)9月1日の関東大震災で東京から明治が焼失し、江戸の名残も一掃された。江戸からの一大繁華街の浅草ひょうたん池辺の十二階も震災で倒壊し、復興の中軸は、昭和通りをはじめ中心街の道路を大幅に拡張することから着手された。じきに自動車が道をわがもの顔で走りはじめる時代がやってくる…のだ。

【昭和1年】冥友録

12月29日 マイナー・マリーア・リルケ(51)
白血病のためバルモンの病院で死去。オーストリアの詩人。1875年にプラハに生まれる。91年ごろより試作を始めるが、その芸術が真に開花するのは終生の友ルー・ザロメと出会い、99年と1900年に二度のロシア旅行を体験してからであった。01年女流彫刻家クララ・ヴェストホフと結婚するが、翌年単身パリに赴きロダンに出会い深く傾倒。芸術上の影響を受ける。10年に小説『マルテの手記』を執筆。21年からはスイスのシャトー・ド・ミュゾットにこもり、『ドゥイノの悲歌』等のすぐれた叙情詩を書き続けた。

【昭和1年】流行

立ち入り禁止=小作争議で、地主側が農地への立ち入りを禁止

文化住宅=赤瓦・青瓦のトンガリ屋根の一見洋風の中流住宅。最大の特徴は洋式の応接間

モダーン

福本イズム=若者に人気のあった福本和夫のマルクス主義理論

円本

同潤会アパート

マルクスボーイ

アッパッパ

小鳥を飼うこと

ハンドバッグ

【昭和1年】雑事

1月12日
初の日刊子供新聞「こども日日」発刊。

1月20日
京橋電話局に交換手不要の自動交換機初お目見え

3月
女角力興行禁止。

3月
陸軍参謀本部陸地測量部は「五万分の一地形図」の内地(台湾、樺太を含む)の測量を完了。明治十五年から四十四年目であった。

4月22日
小学校の「日本歴史」を「国史」と改める。

5月9日
銀座松屋デパートで、飛びおり自殺始めて現れる。

5月15日
大阪の百貨店も下足番廃止。

6月18日
花柳病予防法案可決。

昭和3年(1928)9月1日 実施

8月6日
同潤会、向島中ノ郷に初の公営鉄筋アパート完成。→
9月1日
表参道に青山アパート完成。

8月13日
八木秀次氏電波指向方式アンテナの特許取得。

9月
国産小型第一号ダット自動車製造開始(後のダットサン)。

10月22日
明治神宮外苑完成、野球場など。