【昭和8年】冥友録

1月23日 堺利彦(63)
社会主義運動家、評論家。明治3年(1870)福岡県生まれ。号枯川。明治32年(1899)万朝報社に入社、日露戦争の折内村鑑三、幸徳秋水らと非戦論を唱え退社。平民社を結成し「平民新聞」発刊。日本社会党の結成など社会主義運動を展開。大逆事件後は売文社開業、雑誌「へちまの花」を発行し社会戯評をさかんに行う。その後も全国労農大衆党のハンセン委員長をつとめるなど社会主義政党運動に活躍を続けた。

1月31日 ジョン・ゴールズワージ(65)
ハンプステッドで死去。イギリスの小説家。劇作家。1867年ロンドン近郊の裕福な弁護士の家に生まれる。オックスフォード大学に学び弁護士の資格を取得後、世界旅行に出発。船員であったコンラッドと出会う。1906年小説『資産家』と戯曲『銀の箱』によって名声を確立。法律的知識を基盤とした冷静な目で社会を批判し、32年にノーベル文学賞を受賞。代表作に『資産家』を含む大河小説『フォーサイト家物語』がある。

2月16日 吉野作造(56)
逗子町湘南サナトリウムで。大正デモクラシーの理論的指導者。明治11年(1878)1月29日宮城県生まれ。東京帝大法科大学政治科を首席で卒業後、独英米留学。大正2(1913)年帰国、翌3年(1914)帝大法科教授となる。「民本主義」を説き、思想界に大きな影響。学生が講義を聴くため朝6時から席を争う人気。浪人会は「吉野は危険思想で国体を破壊する」と申し込んだ立会演説会が、7年(1918)11月下旬神田南明クラブで開かれ、聴衆は電車通りまであふれた。それを契機に民本主義を基調とする「黎明会」がつくられ、これを母体に帝大に「新人会」創立、学生運動の先駆となり多くの社会運動家、革新思想家を輩出。

2月20日 小林多喜二(30)
小説家。明治36年(1903)秋田県生まれ。4歳のとき一家で北海道小樽に移住。昭和3年(1928)上京、蔵原惟人と知り、その理論的影響を深くうける。小説『一九二八年三月十五日』『蟹工船』『不在地主』などで注目され、6年(1931)ナルプ書記長、日本共産党に入党するが7年より非合法生活に入りビラ貼りなどで知り合った左翼劇場の伊藤ふじ子と〝結婚〟。

3月31日 山川弥千枝(16)
中野桃園町の自宅阿で結核のため死亡。私語、文芸雑誌「火の鳥」が全ページを彼女の短歌、日記、絵などで埋めた遺稿集を特集し、川端康成、中里恒子ら多くの人がその天才を絶賛した。
○美しいばらさわって見る つやつやとつめたかった ばらは生きてる

4月8日 森田恒友(53)
洋画家。明治14年(1881)埼玉県生まれ。不同舎で小山正太郎に師事、東京美術学校入学。40年(1907)山本鼎、石井柏亭らと美術史「方寸」創刊、文展や太平洋画会に作品を発表。大正3年(1914)渡欧、セザンヌやドーミエの影響をうける。11年(1922)「春陽会」創立。関東平野の利根川沿いの自然を写生するなど、西欧リアリズムを水墨画に生かし、南画の伝統を近代絵画によみがえらせた。

4月21日 長岡外史(78)
慶応病院で。安政5年(1858)山口県生まれ。豪農の二男から長岡甫満の養子となる。陸軍大学卒業後参謀本部に入り、中将に昇進。晩年、帝国飛行会副会長として民間航空の発展に寄与。高田第十三連隊長時代にスウェーデンからスキーを贈られ、研究委員会をつくりスキーの普及に努めたスキーの先駆者。5月10日の二十日祭に遺骨を国旗に包んで太平洋に投下。初の空中葬。

9月5日 巖谷小波(いわやさざなみ)(64)
児童文学者、小説家、俳人。明治3年(1870)東京麹町に生まれる。硯友社同人となり「我楽多(がらくた)文庫」に小説を事、大正11年(1922)キュビスム風の『埋葬』で二科賞受賞、若手前衛画家たちと「アクション」結成。クレーをはじめヨーロッパの新風に敏感に反応し、シュールレアリスム的傾向を強めたが夭折。代表作は「海」、死の年に描かれた「深海の情景」など。

9月21日 宮沢賢治(38)
急性肺炎、喀血。詩人、童話作家。明治29年(1896)岩手県花巻町生まれ。郷里で農村改良と農民芸術の合一を意図し羅須(らす)地人協会を設け、農業指導と芸術活動に尽力。法華経を信仰。詩集『春と修羅』、イーハトーブ童話集『注文の多い料理店』、「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」「雨ニモマケズ」など。
○いかりのにがさまた青さ/四月の気層のひかりの底を/唾(つばき)しはぎしりゆききする/おれはひとりの修羅なのだ
(「春と修羅」抄)

10月16日 新渡戸稲造(71)
カナダの太平洋調査会の国際会議に出席中病没。教育家、思想家。文久2年(1865)盛岡生まれ。明治10年(1877)札幌農学校で内村鑑三らとともにキリスト教入信。米国、独留学から帰国後一高校長、東大教授など官学の教職を長く歴任。東京女子大創立に参画し、夜学教育にも貢献。国際文化交流も志し、国際連盟事務次長を務める。主著は『農業本論』、英文の『武士道』など。肖像が5,000円札となる。

10月30日 平福百穂(ひらふくひゃくすい)(57)
日本画家。明治10年(1877)秋田県生まれ。父は円山四条派の画家穂庵。川端玉章に師事し、東京美術学校入学。33年(1900)結城素明らと自然主義を唱えて无声会を結成し、作品を発表。かたわら平民新聞等に挿絵やスケッチを描き。アララギ派の歌人としても知られる。大正9年(1920)結城、松岡映丘らと金鈴社結成、文展、帝展で活躍する。代表作は「アイヌ」「七面鳥」「荒磯」など。

11月5日 片山潜(75)
モスクワで死去し、クレムリンの赤壁に葬られた。安政6年(1859)農家の二男坊に生まれ、19歳まで農業に従事。明治14年(1881)上京、苦学し、同17年(1884)渡米。皿洗いなどをしながらエール大学を卒業。明治29年(1896)帰国後、雑誌「労働世界」を発刊、初期労働組合運動の発展に貢献。31年(1898)幸徳秋水らと社会主義研究会を創立。34年(1901)社会民主党を結成、即日禁止。「大逆事件」後、東京市電6,000人のストを指導し投獄、大正3年(1914)渡米。6年(1917)ロシア革命が起こるとボルシェビキを支持し、アメリカ、メキシコなあどの共産党結成に参加、在米日本社会主義者団を組織。10年(1921)ソ連に渡り、11年(1922)極東勤労者大会の組織者となり、日本共産党の結成を指導、「二十七年テーゼ」「三十二年テーゼ」作成に参加。著作に『我社会主義』『片山潜自伝』など。

11月30日 嘉村磯多(かむらいそた)(37)
結核性腹膜炎。小説家。明治30年(1897)山口県生まれ。郷里に妻子をおき愛人と上京、編集記者のかたわら小説を書く。葛西善蔵に師事。『崖の下』は宇野浩二に激賞されたが、マルクス主義文学、新興芸術派がもてはやされた時期に、嘉村のような激しい自己苛責をつづった私小説は認められなかった。昭和7年(1932)「途上」が「中央公論」に採用されようやく世評にのぼり。〝破滅型作家〟としての地位をえたが、翌年不遇の生涯を終えた。

12月4日 ステファン・ゲオルゲ(65)
亡命先のスイスのロカルノ近郊で死去。ドイツの詩人。1868年ライン河畔のビューデスハイムの富福なワイン商の家に生まれる。ギムナジウム卒業後ヨーロッパ各地を遍歴。87年パリでマラルメに会いフランス象徴詩の影響を受ける。99年詩集『魂の一年』を発表。1902年ベルリンで雑誌「芸術草紙」を刊行し芸術至上主義的な「ゲオルゲ派」を形成。ギリシャ文化とゲルマン文化の融合を夢みた晩年の詩集『新しい国』がナチスに利用されるが、彼はナチスの協力要請を拒んでスイスに亡命した。

12月8日 山本権兵衛(81)
前立腺肥大症のため3月以降ひきこもっていた芝区高輪台自邸にて死去。嘉永5年(1852)鹿児島生まれ。明治31年(1898)第二次山県内閣から同38年(1905)第一次桂内閣まで海相、日露開戦回避を唱えた。大正2年(1913)首相就任。3年(1914)日本海軍とドイツ・シーメンス社の不正取引事件が発覚後、イギリスのヴィッカース社および代理店三井物産と海軍の収賄事実も明白になり、内閣総辞職。12年(1923)再び組閣、外相を兼任し関東大震災後の復興処理にあたるが、亀戸事件、大杉栄虐殺事件、朝鮮人虐殺事件などの白色テロに反発したアナキスト難波大助による皇太子狙撃事件の責任を取り、大正13年(1924)辞職。

12月26日 アナトーリー・ワシーリエヴィチ・ルナチャルスキー(58)
バリで客死。ソビエトの批評家、政治家。1875年に生まれる。スイス留学の折にプレハーノフ等と出会い、97年帰国後革命運動に参加。一時期マッハ主義の影響を受けるが、ボリシェビキの機関紙の編集員となり、十月革命後ソビエトの教育人民委員に選ばれる。広い視野から芸術の創造と統合を目指した理論家であったが、戯曲や文学評論には優れた文学者としての一面が窺われる。

【昭和8年】雑事

3月27日
バーナード・ショウ氏(英・作家)来日。

5月3日
ブルーノ・タウト氏(独・建築家)夫妻が来日。ナチス政権成立に身の危険を感じていたため招待されていた日本に来たもの。その後3年半滞在し、後に「日本の美再発見」で桂離宮と伊勢神宮を評価し、桂離宮の再発見でブームを作る。

5月27日
アメリカ・シカゴ市で市制100年記念の万国博覧会開催。テーマは「進歩の100年」。日本も参加し、18ヵ国の外国参加(~11月12日)。入場者2,230万人。

7月15日
中央線始発駅、飯田町駅から新宿駅へ。

7月
松坂屋デパートが女店員全員を洋装に統一する。

8月
ドイツ帰りの名取洋之助、フォト・ルポタージュをめざして日本工房を結成。木村伊兵衛、伊奈信男ら参加。

10月22日
イタリア人彫刻家ラグーサ氏と結婚、シシリーのパレルモ私立工芸美術学校で絵を教えているラグーサお玉=清原玉が50年ぶりで帰国。

11月25日
東京・芝浦に東洋一のアイス・スケート場開設。

*マイスナー(独)らが、超伝導体の磁気的性質について「マイスナー効果」を発見。

*中島飛行機武蔵野製作所(武蔵野町西久保に5万5,000坪)開設。これにより武蔵野町人口は2倍に。以後三多摩は次第に軍需工場地帯化していく。

【昭和8年】ラジオ

*伊豆大島の三原山投身自殺が続出のなか、小唄勝太郎の「島の娘」がヒット。このレコードをラジオで流すにあたり、逓信省は、歌詞の「娘十六恋ごころ」を「紅だすき」と改める。

*奉天放送局、中国人聴取者を増やすため国民歌謡番組「満州新歌曲」放送。この「新歌曲」を歌ったのが14歳の李香蘭(山口淑子)であった。

4月16日
京場中央放送局、日本語・朝鮮語の二重放送開始。

【昭和8年】歌

2月
ダミアの「黒い日曜日」レコード発売禁止。

「サーカスの唄」
曲:古賀政男
詞:西条八十

「ほんとにそうなら」
曲:古賀政男

「十九の春」
詞:西条八十

「東京音頭」
曲:中山晋平
詞:西条八十

「天竜下れば」

「山の人気者」

「僕の青春」
歌:藤山一郎

「秋の銀座」
歌:ミス・コロムビア
曲:江口夜詩

「燃ゆる御神火」

「大島おけさ」

【昭和8年】文・学

6月3日
作家山本有三氏(47)は共産党に資金を提供した疑いで突如検挙。

6月9日
釈放。

7月
「学芸自由同盟」発足。5月のナチス焚書事件に対する抗議を契機としてドイツ文化問題懇話会が開催され発足した。三木清、広津和郎、久米正雄らが集まり、会長は徳田秋声。滝川事件等への抗議運動なども行われたが、昭和9年の直木三十五らが動いてできた「文芸懇話会」の発足により内部崩壊した。

10月2日
大阪刑務所収容中の作家片岡鉄兵氏(40)は、昨夏コップからの脱退を通告していたが、午前9時仮出所を許され「もう左翼とは絶縁したのだから、今後大衆小説に精進するつもり」と語った。

10月
「文学界」創刊、武田麟太郎、林房雄、小林秀雄を中心に、河端康成、宇野浩二、広津和郎、横光利一、河上徹太郎、舟橋聖一、井伏鱒二、村上知義らを加えて創刊。。給プロレタリア系、芸術派系、既成文学系を集め、川端康成は編集後記に「時あたかも文芸復興の萌えあり」と記す。政治主義に対し、個人主義・芸術主義を掲げ、文壇の主流勢力となった。文化公論社などいくつかの発行所をへたのち、菊池寛の文芸春秋社発行となる。19年4月、廃刊。

 

*小林多喜二「党生活者」(「中央公論」)/谷崎潤一郎「春琴抄」(同)/宇野千代「色ざんげ」(同)/尾崎士郎「人生劇場・青春篇」(都新聞)/尾崎一雄「暢気眼鏡」(「人物評論」)/宇野浩二「枯木のある風景」(「改造」)/小林秀雄「故郷を失った文学」(「文芸春秋」)・川端康成「末期の眼」(「文芸」)/谷崎潤一郎「陰翳礼讃」(「経済往来」)/石坂洋次郎「若い人」(「三田文学」)

*久保栄『五稜郭血書』/内田百聞『百鬼園随筆』/田辺元『哲学通論』/柳田国男『桃太郎の誕生』/西脇順三郎『Ambarvalia』/国枝史郎『神州纐纈城』前篇(後篇は未完のままだったが、昭和43年完成版が出版)

*ベストセラー 山本有三『女の一生』

*「文学」(岩波書店)「四季」(堀辰雄編集)「行動」(舟橋聖一、阿部知二ら)創刊。

【昭和8年】漫画

「ナカムラ・マンガ・ライブラリー」が、大城のぼる「愉快な探検隊」(5月)でスタートし、昭和13年まで64冊の児童向け漫画単行本が刊行された。いずれも箱入り四六判上製本である。また、児童出版社の金の星社からも漫画単行本が刊行されはじめ漫画ブームを迎える。

5月
麻生豊「只野凡児・人生勉強」連載(東京朝日)。

7月
島田啓三「冒険ダン吉」連載(少年倶楽部)
14年2月までつづく。単行本は『少年ダン吉大遠征』が10年、『冒険ダン吉無敵軍』が13年である。「のらくろ」が陸軍漫画とすれば「ダン吉」は海軍漫画といえ、人気を二分した。

【昭和8年】映画

6月
アッパッパが写っている映画は輸出されないなど銀幕統制へ一歩。

6月
大都映画株式会社、河合映画製作社を買収して創立。

 

出来ごころ 松竹
監督:小津安二郎
主演:坂本武、伏見信子、大日方伝

滝の白糸 新興キネマ
監督:溝口健二
主演:入江たか子、岡田時彦

夜毎の夢 松竹
監督:成瀬己喜男
主演:斎藤達雄、栗島すみ子

二つ灯籠 松竹
監督:衣笠貞之助
主演:林長二郎、飯塚敏子

伊豆の踊子 松竹
監督:五所平之助
主演:田中絹代、大日方伝

ほろよい人生 PCL
監督:木村荘十二
主演:大川平八郎、徳川夢声、古川緑波、藤原釜足

島の娘 松竹
監督:野村芳亭
主演:竹内良一、坪内美子
※主題歌大流行

鯉名の銀平 松竹
監督:衣笠貞之助
主演:林長二郎、飯塚敏子

丹下左膳 日活
監督:伊藤大輔
主演:大河内伝次郎、沢村国太郎、山田五十鈴

鼠小僧次郎吉 日活
監督:山中貞雄
主演:大河内伝次郎(※一人三役)、高津慶子

制服の処女 仏
監督:レオンティーネ・ザガン
主演:ドロテア・ウィーク

巴里祭 仏
監督:ルネ・クレール
主演:アナベラ、ジョルジュ・リゴー

犯罪都市 米
監督:リュイス・マイルストン
主演:アドルフ・マンジュー、パット・オブライエン

シリイ・シンフォニー 米
監督:ウォルト・ディズニー
※オールカラー・トーキー漫画

戦場よさらば 米
監督:フランク・ボザーキ
主演:ゲーリー・クーパー、ヘレン・ルイス

グランド・ホテル 米
監督:エドモンド・グールディング
主演:グレタ・ガルボ、ジョン・バリモア、ジョーン・クロフォード

暗黒街の顔役 米
監督:ハワード・ホークス
主演:ポール・ムニ、ジョージ・ラフト

キング・コング 米
監督:メリアン・C・クーパー、アーネスト・B・シュトザック
主演:フェイ・レイ

夢見る唇 独
監督:パウル・ツィンナー
主演:エリザベート・ベルクナア、ルドルフ・フォルスター