エチオピアの皇太子の花嫁

昨年の5月、東アフリカのエチオピア帝国の皇太子リヂ・アリア・アベバ殿下が「しとやかな日本女性を花嫁にもらいたい」と、現地在留の日本人を通じて東京の角岡知良弁護士へ照会され、自薦他薦の志願者が100人近く名のり出たが、角岡弁護士が厳選の末、10人の志願者を選んでエチオピアに書類を送ったところ、本日朝、その返事が到着。第一候補は世田谷区の子爵黒田広志氏二女雅子さん(23)、第二候補は門司市の資産家田畑亀太郎氏三女茂子さん(24)…とあった。第一候補となった黒田雅子さんは身長5尺3寸、体重14貫300匁、女性としては堂々たる体格の持ち主で明眸華麗、そのうえ千葉県久留里藩主の後裔という名門の出、私立関東高等女学校を昭和4年3月卒業後は家事を手伝っているが、女学時代テニスの選手、音楽もバイオリン、山田流の琴曲に堪能。雅子さんは両親にすら相談せず新聞を見て単身角岡弁護士を訪問、アフリカに日本の国旗を揚げたいからと熱心に申し込み、その確固不動の意志の強さは角岡弁護士を感動させた。

1月29日
最後の候補者3女性の中から、妃の宮に黒田雅子さんが決定。

1月30日
記者会見で、雅子さんは次のように語る。
「外のお2人には本当にお気の毒だと思ひますわ。でも最初から誰が選ばれましても日本女性としての面子を発揮しなければと思つてゐたのですから、外のお方に代つて私がしつかりやらうと思つてゐます」(東京日日)。

4月2日
エチオピア国の皇族アベバ殿下と黒田広志子爵令嬢雅子さんとの結婚問題についてエチオピアに多大の利害関係と勢力をもつ某国の干渉猛烈なため遂に取消しに決定し、たゞ発表の時期と方法を見出すに苦しんでゐることが判明した(東京日日)。結局、縁談はイタリアの反対で〝世紀の破綻〟となる。

新選組の現存隊士

1月
大森区役所では皇太子殿下ご誕生記念として区内の高齢者に木盃を授与すべく調査中のところ、その1人とて、黎明あけやらぬ幕末維新の暗雲時代に佐幕派の前衛として血腥い京洛の地に華々しい活躍をつゞけた新選組の隊士の1人が今年86歳の高齢で現存してゐることを発見した。恐らく新選組唯一の生存者であらうと言はれてゐるが、その名を稗田利八翁と言ひ現在息子さんに当る大森区入新井町、三越店員稗田稲之助氏方で安楽な余生を送つてゐる。
(時事新報)

日共査問事件

1月15日
渋谷区幡ヶ谷の2階建一戸の床下から共産党中央財政部責任者小畑達夫氏の死体が発掘された。これを〝赤色(日共査問)リンチ事件〟として捜査を始めた警視庁特高部は、21日、先日26日九段付近で検挙した中央委員長宮本顕治氏奪還計画が進められていることを探知し新聞記事掲載を禁止、秋笹正之輔ら736人の大量検挙を行い、5月21日差止めを解除。捜査報告によると、昭和8年12月21日、赤坂の党中央秘密鉛版所である東工大助手方で印刷局副責任者大串雅美氏をスパイ行動の疑いで監禁し、大串氏は血まみれで脱出し、警視庁にかけ込んだ。同月23日、幡ヶ谷で小畑達夫、大泉兼蔵氏をリンチし、小畑氏は死亡、自殺を申し出た大泉氏にはハウスキーパー熊沢光子さんと共に「党に都合のよい遺書を認めるなら」と看視中、翌年1月15日鳥居坂署巡査が発見、他に2件のリンチ、未遂2件、予備3件が判明、宮本顕治氏は小畑氏リンチ事件に直接加わっていたとされた。

12月1日
共産等中央執行委員長宮本顕治(28)は爾来警視庁に留置のまゝ特高課中川警部の取調べを受けてゐたが1日11ヶ振りで銃砲火薬類取締法違反並びに殺人、殺人未遂、治安維持法違反といふ長い罪名で東京地方検事局に送致された、同人は特高課における取調べの長時間レコードを造つたもので、その調書も数千枚に及び、彼の心境としては「顧みればあのリンチ事件はあまりにも残酷であり、今にして重大なる失敗であつた。しかし、自分は命の続く限り共産党員としての意識を離脱することは出来ない」と(報知新聞)。

裁判では殺人・同未遂は認定されず、治安維持法、不法監禁、同致死、銃砲火薬類取締法違反で無期懲役罪。前後「政治犯人等の資格回復に関する勅令第730号」で資格回復し、22年5月29日公民権回復。

法大で大量処分

法政大学当局は抗争中の反学校派予科教授団岩田良吉教授以下36教授講師全部(他は既に処分発表済み)を馘首し、学生控室に学界空前の大量処分者を正式発表し即日書留便を以て解職状を郵送した。これで反学校派教授、講師は外人を除いて44氏全部一層された。

東京宝塚劇場開場

1月1日
東京宝塚劇場(定員2,810人)が会場。宝塚歌劇月組公演の舞踊「宝三番叟」、オペレッタ「巴里のアパッシュ」、歌劇「紅梅殿」とレビュー「花詩集」で花やかに杮落とし。

2月16日
東京宝塚劇場の専属俳優第一回発表が行はれた。市川春代、伏見信子を筆頭に沢村三兄弟、谷幹一、森野鍜治哉らが有名組で、ほかに変つたところでは吉野(作造)博士の遺子文子さん、元有楽座主事久米秀治氏の遺子夏子さん、神田鐳蔵氏の息光一君などがゐて全員26名。
(読売)