綱紀問題で鳩山文相辞任

2月15日
衆議院本会議で政友会岡本一巳氏が、樺太工業に絡まる鳩山文相の綱紀問題をあばきたて、党内対立の状態にある政友会は同志討ちの一場面を展開、議場は今議会開会以来の混乱を呈するに至つたが結局、谷原氏同議の査問委員会設置が可決。
岡本氏は同日の散会後院内に於て自見の真相として次の如く発表。
「昭和5年樺太工業株式会社に瀆職事件起り樺太検事局は会社の重役、樺太庁の官史を召喚して取調べた結果、その金が東京方面にも散らばつてゐる事が判明したので事件の一部を東京地方裁判所に移牒し樺太の帳簿を取調べたるに仮出資金の中に10万円の使途不明の金があつた。更に重役を追求したるに内5万円は接待費、遊興費に使用されてゐたが残金5万円は鳩山一郎君の手許に廻つてゐた事が判明した。
而して鳩山君は検事局の手が自分に及ばん事を恐れて森恪氏に相談したるに森氏は自分の所に岡本一巳なる政治浪人が居るから岡本にやつた事にすればよいと云ふ話になつた。而して森氏は私に向つて或人を救済するのであるから、樺太から君が5万円貰つた事にして呉れとの話があつたが、昭和6年5月26日、五月雨降る日、鳩山氏が私に面会を申込んで来たので会ふt、鳩山一家の盛衰浮沈に関する問題であるから是非助けて貰ひたいとのことであつたから、私は鳩山君から政治資金として5万円貰つたのであると裁判所で供述し、鳩山君の事件は起訴猶予となつたものである」
鳩山文相は同日夜その私邸で岡本一巳氏の演説は全く虚構の事柄であるとして左の如く語つた。
「岡本君とは一度も会つた事がない。自分の家へ来たこともないしまた他の場所で会つたこともない。何か森恪君の紹介で自分とどこかの待合で会つたといつてゐるさうだが、若しそれが事実ならその待合の場所を挙げたらいゝではないか。自分としては全く与り知らぬことで迷惑この上もない……」
この問題に関し政府においても事の意外なるに驚き小山法相は直に司法省に帰庁してその事実の有無を調査したる所、岡本氏の指摘せるが如き事実が全然ないことが判明(読売)。

2月18日
鳩山文相は氏の母鳩山春子刀自と結び、春子母堂が経営する共立女子職業学校の新築敷地として神田一ツ橋元商科大学跡の地所一部を政府より時価の約半額にて払下を受けることに無理押しに取りきめ、然かも未だ契約も調はず譲渡を受くるに至らざる国有地に対して「共立女子職業学校新築場」なる建札を所々に建て、更に鬱蒼と茂る立木を取除いて更地とし、商大側の数度に亙る好意ある警告をも刎ねつけて敢然工事を起こし、目下ドンドン地下を掘下げ基礎工事を行つてゐる。この文相及母堂の公然国家の財産を不合法に占拠又はそれを黙認するの行為は各方面から非難の声が上りつゝある(時事新報)。

3月3日
鳩山文相は、「綱紀問題に関する疑惑は査問会で調査の結果一切掃蕩されたが文教の府にある身としてはたとひ事実無根としても斯かる疑惑を蒙つた事が教育界に及ぼす影響を虞れ身の潔白になつた今日を機会に辞任したい」と辞意を表示、これに対し斎藤首相は鳩山氏の苦衷を諒として辞任を容認。(読売)

中嶋商相、足利尊氏論で辞任

2月3日
衆院予算委で雑誌「現代」2月号に中島久吉商相が執筆した「足利尊氏」の論稿で、足利尊氏を賛美したことを追及され、商相は「只管恐縮陳謝」の意を表した。かつて大逆事件公判廷において大逆罪に問われた幸徳秋水が現天皇こそ南朝の天皇を殺して3種の神器を奪った側の子孫ではないかと反論したことから、国定教科書で南北朝併立として書かれている、かくの如き不敬の教科書を許していることはけしからんと犬養毅、大隈重信らが桂太郎内閣を攻撃する材料としたため、文部省は新編に改め楠木正成を忠臣、足利尊氏を賊軍とし、南朝が正統とされ、南北正閏論を断って北朝を抹殺していた。そこへ尊氏賛美論をぶち、「南北朝の争」を容認したのだから一大事であった。

2月9日
辞任。

福田蘭童結婚詐欺事件

2月1日
洋画家青木繁氏の遺児で、尺八の天才と謳われている福田蘭童氏(33)と松竹蒲田撮影所の女優川崎弘子さん(22)の結婚話が世間を賑わしているとき、蘭童氏の元愛人梶原ふじ子さん(22)が自殺を図った。

3月
文士、実業家の麻雀賭博で川崎弘子方から警視庁に検挙された目黒ホテル止宿の蘭童福田幸彦はその後引続き警視庁に留置取調べてゐるが、彼は尺八の演奏作曲で一躍天下にその名を謳はれ当代の流行児として世間からもてはやされてゐるのを奇貨とし、多数の婦女子に魔手を延ばしては巧みに弄んでゐた色魔的事実が次々と暴露された。
蘭童を恨んで自殺から甦つた梶原ふじ子(22)はその恋愛関係に就て次の如く物語つてゐる。蘭童を知つたのは昭和7年の春、当時中野区に一家を構へてゐた蘭童が、附近の麻雀倶楽部からの帰途友人と彼女の店カフエー・パウリスタに現はれ、彼は至極真剣な態度で「自分は独身者だ、貴女と結婚したい」と求婚、その後蘭童は「自分の家には貴女の好きさうな美しい花も立派な庭園もある。家は弟子の小村と2人切りで寂しいし、幸ひ明日は面会日で在宅するからよろしかつたらお出かけ下さい」と誘ひかけて、訪問したふじ子に暴力を揮つて貞操を要求した。彼の家が差押へられたときには、「最近作曲の収入もなく家賃滞納で困つた。もう死ぬより外に選ぶ途がない」などゝさも悲しい表情を浮べては彼女の母を欺いて300円の金を出させ、銀座の楽器店から1,000余円のピアノを買はせたり、目黒ホテルへ移転するときも電話で金を要求捲きあげてゐた。同年12月3日彼女は母の許しを得て結婚したが、その後蘭童は頻々と外泊して川崎弘子とのランデブーに、未亡人佐久間とし子との爛れた生活に日を送り、入籍を要求するとそれには2万円の金がかゝると嚇かして巧みに話題を避けてゐた。昨年8月たまたま蘭童と川崎弘子との結婚が雑誌に現れて始めてその関係を知つた時、彼は「そんな馬鹿な話があるものか。これは自分の人気を落とす策を弄する奴等のデマに過ぎぬ」と胡魔化してゐたが、2月1日彼女は遂に棄てられた悲しさを胸に抱いて自殺を図つた。
一方蘭童はふじ子と関係しつゝ未亡人佐久間とし子と関係した。彼女は30万円の資産家で昭和6年9月夫が死亡してから家具商を経営してゐたが、翌年12月末、趣味の琴が縁となり蘭童を知り1ヶ月30円の教授料で尺八合奏の教授をうけた。その後彼は琴は旧式だからピアノを習へと600余円でピアノを買はせ、その頭をはねて銀座の鳥料理屋などで密会し、又は記念の写真を与へ温泉に誘つては同月27日正式の結婚は出来ないが音楽に理解あるならばとの約束で同居し先妻との離縁状などを見せて安心させた。
その間梶原から金を借りてゐるからと欺いて1,200円を捲き上げた上、伊香保、湯河原などの温泉地に2人で恋愛行を続け、肺病とか1人で静かに作曲したいからと称し、その度毎に莫大の金を要求しては大島への保養費として湯河原、大阪への旅行費として前後10数回にわたつて2万余円の大金を許取してゐた。
昨年6月10日には彼女が先夫の忘れ形見としてはめてゐた1,000円余のダイヤ入指環を捲きあげたり、また同8月末彼女が亡夫の墓参に仙台に行くときなどは、自分も宇都宮に用事があるからと汽車に一緒に乗り込んで車中メソメソ泣きながら「自分は今共産党のシンパとして検挙されそうだ。かうなつた以上君も共犯関係者として検挙は免れまい」と嚇かして弁護士への支払ひだと称して5,000円を詐欺したこともあり、許取した金は多く転地先の鎌倉やその他で川崎弘子との遊興費に投じて費消し、この遊興振りが新聞、雑誌などで発覚しさうになるとその都度とし子を胡魔化してゐたもの。
問題の女性川崎弘子と蘭童が知り合つたのは昭和8年1月彼女が映画で「忘られぬ花」の主演として撮影、その伴奏として彼が出演した時だつた。そのころ女優飯塚敏子との仲が破綻し、傷心の身であつた彼は、その御病気全快祝の席上や銀座のレストラン、新宿帝都座のダンスホールなどで屢々会合し「自分は孤独だ」と言葉巧に話しかけては同情させ、彼女の心にとり入って文通を交はしてゐるうちに、昨夏8月鎌倉に同居して恋愛関係を結んだ。その後弘子の妹と3人で箱根に1泊し、翌日熱海の海岸へドライブして離れ島初島への舟遊びした時求婚し、母子協議の上で同9月23日エンゲージリングを贈つて婚約を結んだのである。
(中外商業)

6月18日
福田蘭童こと幸彦に関する結婚詐欺事件はついに裁判に持ちこまれ、梶原ふじ子母娘が証人で出廷。

続行公判で古橋検事は、「被告が計画的に結婚詐欺を行い多数の婦女子を悩ましたことは社会に及ぼす影響極めて重且つ大なるものがある、而も被告は今日まだ改悛の情を示していない。天才は惜しむべきだが宜しく重刑を以って臨むべきである」と懲役10月の実刑を求刑した。

8月17日
東京区裁判所判事二部城判事は古橋検事の求刑通り懲役10月の実刑を言い渡した。蘭童は即日控訴。

11月27日
一審、二審とも詐欺罪で実刑、蘭童は上告を取り下げ服罪を決意、市ヶ谷刑務所へ下獄することになった。