東郷元帥の国葬

5月30日
巨星遂に地を墜つ!全国民の平癒の祈念と憂慮の裡に宿痾、膀胱結石並に咽頭癌を療養中の東郷元帥は絶望状態の裡にもなほ明瞭な意識を持ちて、英雄にふさわしい超人的な投錨をつゞけ麹町区3番町の元帥邸は憂色に包まれてゐたが30日午前6時30分遂に薨去した。享年88。
(国民新聞号外)

6月5日
日比谷公園で最初の国葬が行われた。

中野重治『愛しき者へ』獄中より妻原まさへの手紙より

第百三信は、出所を前提に書かれている。(「しかしいろいろの話は出て直接にでなければ結局は出来ない訳だ。」)父の藤作は息子の出所を見届けず東京を去った。

五月二十六日、東京控訴院の判決は懲役二年執行猶予五年。「日本共産党員であったことを認め、共産主義運動から身を退くこと」を約した「上申書」への答である。即日出所となった。
「26日――出廷 判決/いったんかえる/出獄/会計「人」三号分/宅下げもの/マー公と鈴子と来る/自動車」
と「日記」にあり、大木戸ハウスへ車で帰ったことを推測させる。つづけて、
「ねむれず(あやまる/ケジメハッキリせず)/アパートさわがし/壺井夫妻、宮木、窪川鶴さん来る。甚だしゃべる/熱出る。」
(中野重治『愛しき者へ』獄中より妻原まさへの手紙より)

 

※注
四月来中野重治は高熱が出、医師は「尭馬性結核」(急速に進行する悪性のもの)の診断を下すが、保釈請求は次々に却下されていた。

土方与志、伯爵を剥奪される

5月24日
日共リンチ事件で6,000円におよぶ大口資金を提供していたことが明るみに出た土方与志(本名久敬)伯爵は、左翼演劇界の重鎮で、その思想的傾向から警視庁は「一切左翼的行動をやらぬ」との誓言をとり、しかも旅行範囲をフランスとアメリカに制限し、さらに梅子夫人と愛児を同行することで旅券を交付していたが、土方氏一族はパリ到着後、パリ駐在ソビエト総領事から査証をとりロシアへ入国、警視庁を激怒させた。一方、宮内省は近く宗秩寮審議会の審議にかけ処分を検討。

8月28日
土方伯はモスクワで開催中のソビエト作家大会に出席し、小林多喜二の虐殺を訴え「日本のプロレタリア作家及び芸術家にソヴイエト諸君の熱烈な援助を願ひたい」と演説。
(東京朝日)

9月21日
滞露中の『赤の伯爵』ペンネーム与志こと土方久敬氏(37)の懲戒処分を付議する宗秩寮審議会は20日午前10時から宮中南溜の間に開催され、既報の通り湯浅宮相が断乎たる厳罰方針に出でた『爵位返上』処分を議決、宮相は正午御裁可を仰ぎこゝに従四位伯爵を剥奪され、いよいよ20日を以って土方伯爵家は戸籍面から『伯爵』を朱線で抹殺され投手久敬氏をはじめ梅子夫人(33)長男敬太君(15)と二男与平君(6つ)母堂愛子未亡人(58)の一家をあげて一平民となつた、土方氏の住居はモスクワの中央を少しはなれたところ、宏壮な新築住宅の4階に佐野学の甥佐野医学博士息碩氏と共同で一戸を構へてゐる。「宮内省では私が入露せぬとの一札を入れたかの如く語つてゐるが、そんなことは事実無根だ、幸にモスクワが身体に合ふので子供も家内も私もみんな非常に健康で暮してゐるから子供達も日本に帰りたいといふやうな気持を持つてゐない。従つて私が露国においてこの運動に従事してゐることは決して新しいことではない筈である。私の身上に関しまだ日本から何の通知も受けてゐない」と土方氏は語つた。(東京日日)

土方氏は昭和12年ソ連から国外退去を命ぜられ、パリへ亡命、昭和16年帰国を余儀なくされ、帰国し直ちに留置。

ボニーとクライド

2年間に12人を殺して全米を強盗しながら車で走り回ったクライド・バーローと愛人ボニー・パーカーはルイジアナ州ギブズランド近くのハイウエーで待ち伏せのテキサス・レンジャーの保安官に銃弾をあびせられ、蜂の巣になって死んだ。

映画「俺たちに明日はない」となった。

転向派佐野、鍋山に寛大な判決

一国社会主義の新主張を声明して転向した第二時日本共産党中央委員長佐野学(43)、同委員鍋山貞親(34)、中央部員三田村四郎(39)、中央部共働者高橋貞樹(30)、中央委員杉浦啓一(36)の治安維持法違反にたいし寛大な判決が言ひ渡された。佐野学は懲役15年(求刑15年・前審刑無期)、鍋山貞親は15年(同15年・同無期)、三田村四郎は懲役15年(同無期・同無期)、高橋貞樹は懲役9年(同12年・同15年)、杉浦啓一は懲役8年(同9年・同10年)であつた。判決を言ひ渡した後、赤羽裁判長は
「一審判決は必ずしも不当ではなかつたが、その後被告等が日本民族の優秀性に目ざめ国民にたち返り更生したことを誓つたことは、裁判所でもこれを信頼して刑の上にも参酌することゝなつた。然し過去の行動責任はやむを得ない。よくよく胸に手をあてて裁判所の趣旨のあるところを酌んでもらひたい。将来のことについては最早くり返すことはないが、服役中でも情状酌量により仮出獄の恩典がある」
と被告につけ加へた。
転向派、非転向派のいづれを問はず左翼陣営の人々はこの判決をすこぶる重要視してゐたが言渡後無産等元代議士河上丈太郎弁護士は左の如く感想を語つた。
「治安維持法といふ犯罪は普通犯罪と違つて実害罪ではなく危険罪とでもいふべきものであるから一旦転向した以上は最早刑罰の必要はないのであるから、過去の行為に対する責任上刑を言渡すとしてもこれに執行猶予を付してやるべきだと思ふ」。
(東京朝日)