【昭和9年】冥友録

1月28日 古市公威(81)
渋谷区の自宅で脳溢血のため。枢密顧問官、工学博士。安政元年(1854)兵庫県生まれ。東京開成学校卒業後、明治8年(1875)パリ理科大に留学。13年(1880)帰国し、内務省土木局に勤務。19年(1886)工科大学教授兼学長、21年(1888)わが国初の工学博士となる。近代土木技術の権威。大正8年(1919)男爵、13年(1924)枢密顧問官となる。

2月14日 横瀬夜雨(56)
詩人。茨城県生まれ。幼児佝僂(くる)病におかされ生涯苦しむ。『夕月』『花守』『二十八宿』など。郷土の自然や人情を叙情的にうたいあげて「筑波根詩人」と称された。創作民謡的詩風。
○越後出てから/常陸まで/泣きに遙々(はるばる)来はせねど//お月様さへ/十三七つ/お父(とう)恋ふるが/無理かえな
(「お才」抄)

2月19日 野呂栄太郎(34)
品川警察署による拷問虐殺(品川病院)。明治33年(1900)北海道に生まれる。慶応大在学中より産業労働調査会などに関係し活躍。四・一六事件で検挙。昭和5年(1930)『日本資本主義発達史』を刊行し、日本共産党入党。4年(1929)の共産党大検挙後は地下活動に入り肺患、脚部不具の身で中央委員会責任者として活動。8年(1933)11月28日に特高に逮捕され、たらい回しののち品川警察の拷問のため品川病院で絶命した。

2月24日 直木三十五(44)
帝大呉内科で。小説家。明治24年(1891)大阪市生まれ。早大中退後、里見弴、久米正雄らと「人間」創刊、文筆生活にはいる。大正12年(1923)「文芸春秋」創刊と同時に参加、文壇ゴシップが好評を博す。昭和初年(1926)より大衆作家として認められ、『南国太平記』『楠木正成』等を発表、流行作家となる。9年(1934)1月文芸統制のきっかけとなった「文芸懇話会」結成の中心となるが、病没。後、文壇きっての借金王だったことも判明したが、死後友人菊池寛によって「直木賞」設立。
「直木は人間としては全く変つて居た。例へば必要な金は出さず無駄な処には惜気もなくドシドシ費つた。云はゞ『傾城買ひの糠味噌汁』の方で、神奈川県富岡に4・5,000円の家を建てた時も、窓枠だけに千数百円を投じたとはいかにも直木らしい処です。本人も自分のかうした性癖はよく知つて居て自ら浪費を楽しんで居た。然し人に頼まれゝば決していやとは云はず、友人が金の無新をしても彼は快くこれに応じて居た。自分が最後に直木と話したのは廿日頃だつたと思ふ。二人で汁粉を食べ乍らどうだと云ふと『生命には別条ない』と彼は元気で語つたが、それからもうズツと言葉を交わすときはなくなつた」。(臨終に立会つた菊池寛の話・報知新聞)

3月1日 服部金太郎(75)
芝区白金の自宅にて肺炎のため。服部時計店社長。万延元年(1860)東京生まれ。13歳より唐物屋に奉公、明治7年(1874)より時計店に勤め時計の修繕販売に従事。14年(1881)独立して服部時計店を開業。20年(1887)銀座4丁目に進出。25年(1892)精工舎をおこし、掛け時計・懐中時計・目覚まし時計の製造に着手。

4月18日 大手拓志(47)
茅ヶ崎南湖院にて。詩人。群馬県生まれ。ライオン歯磨広告部勤務。学生時代から詩作をはじめたが、生前詩集の刊行はせず詩壇との交流もなかった。没後白秋の序を付し『藍色の蟇(ひき)』刊行。朔太郎、白秋、犀星、大木惇夫の4人の詩人が葬儀に列席し、「そしてこの4人だけが、彼の生前に知った一切の文壇的交友だった」(萩原)。朔太郎の『青猫』、に影響をあたえる。

5月5日 中村憲吉(47)
肋膜炎のため尾道市の仮寓で。歌人。明治22年(1889)広島県生まれ。伊藤左千夫門下。「アララギ」同人として活躍したが、帰郷して家業の酒造業をつぐ。写生から東洋的水墨画の歌境へ。歌集『馬鈴薯の花』『軽蕾集』など。
○夜を凍(し)みる古き倉かも酒搾場(しぼりば)の灯(ひ)のくらがりに高鳴る締木(しめぎ)

5月25日 グスターヴ・ホルスト(59)
ロンドンで死去。イギリスの作曲家。1874年チェルトナムに生まれる。王立音楽大学に入りスタンフォードに師事し、1906年からセント・ポール女学校で講師をしながら、作曲活動を続けた。代表作に組曲「惑星」がある。

6月30日 内藤湖南(67)
東洋学者。慶応2年(1866)秋田県生まれ。三宅雪嶺の「日本人」編集に携わり、朝日新聞記者、「台湾日報」主筆、「万朝報」記者を経て、京大教授、狩野直喜と共に東洋史の京都学派を育てた。満州国建国に深い危惧の念。『日本文化史研究』『支那絵画史』など。

7月1日 三岸好太郎(31)
胃カイヨウで旅中、名古屋の旅館で急逝。洋画家。明治36年(1903)北海道札幌の生まれ。上京後、独学で洋画を学ぶ。大正12年(1923)第1回春陽会展に入選、2回展では春陽会賞を受賞し、15年(1926)無鑑査となる。この年中国を旅行、上海租界の体験が一連のエキゾチックな道化師像などを生む。昭和5年(1930)独立美術協会結成に参加。晩年はシュールレアリスティックな傾向を強める。代表作は「少年道化」「蝶と貝殻」など。妻は洋画家の三岸節子。

7月4日 マリーキュリー夫人(66)
フランスの女流物理学者、科学者。1867年ワルシャワに生まれる。旧姓はマリー・スクロドフスカ。91年パリ大学ソルボンヌに入り、95年ピエール・キュリーと結婚。98年ポロニウムとラジウムを発見し、1903年夫及びベクレルと共にノーベル物理学賞を受賞。06年夫が交通事故で死亡し、その後任としてソルボンヌの教授となる。11年ラジウム分離の成功によりノーベル化学賞を受けた。

8月23日 野村芳亭(55)
蒲田区の自宅で脳溢血のため。松竹キネマ鎌田撮影所監督。大正9年(1920)蒲田撮影所創立当時は所長として監督を兼ね幾多の大衆的作品を発表。代表作「地獄船」「嬰兒殺し」「大尉の娘」「大楠公」「島の娘」「沈丁花」「婦系図」。

9月1日 竹久夢二(51)
信州富士見の高原療養所で結核のため。画家、詩人。岡山県邑久郡生まれ。明治42年(1909)刊の『夢二画集春の巻』が爆発的に売れ、以後本や楽譜、雑誌の挿絵・装丁などで一世を風靡。「宵待草」を含む詩集『どんたく』『歌時計』、歌集『山へよする』など。たまき、笠井彦乃。おようとの恋愛。
○まてどくらせどこぬひとを/宵待草のやるせなさ/こよひは月もでぬさうな
(「日本のむすめ」第一)

10月6日 桂春団治(57)
二代目。胃ガンで天王寺区の自宅で。明治11年(1878)大阪染革職人の二男に生まれる。小学校もろくに通わず、兄が落語家見習になったのに続き桂文我に入門。36年(1903)二代目春団治を襲名、妻子を設けるが別れ、豪商未亡人岩井志ラと同棲、〝後家殺し〟とアダ名され豪勢、奇行で人気を博すが、大正末食べられるレコードを製造し大損、昭和になって大阪落語を背負うが晩年は貧乏だった。

10月10日 高村光雲(83)
駒込林町の自宅で胃ガンのため。彫刻家。嘉永5年(1852)江戸浅草に生まれる。仏師高村東雲に師事、高村家養子となる。維新後の木彫衰退期に伝統を守ったが、西欧の実写表現にも関心をよせた。明治19年(1886)東京彫工会創立に参加。22年(1889)岡倉天心の推薦により東京美術学校教授となり、後進に伝統的木彫の正統を指導。代表作はシカゴ万博博覧会で受賞した「老猿」、上野公園の「西郷隆盛像」など。長男は詩人で彫刻家の高村光太郎。

10月16日 片岡仁左衛門(78)
十一世。持病のゼンソクで。安政4年(1857)江戸生まれ。文久2年(1862)上阪、初代中村鴈治郎と並び活躍、明治41年(1908)十一代目襲名。枯れ淡の老人役で天下一品。

11月5日 櫛田民蔵(50)
明治18年(1885)福島県生まれ。大阪朝日新聞論説委員の後同志社・東大などで教職につくが森戸事件で職を捨て、大原社研入所。労農派地代論の中心として、野呂栄太郎ら講座派と論争。

11月8日 尾上梅幸(65)
持病の動脈硬化症に急性肺炎を併発し、麹町の自宅にて死去。明治3年(1870)名古屋で尾上朝次郎の子として生まれる。明治9年(1876)に初舞台を踏み、同15年(1882)菊五郎の養子となる。明治36年(1903)六代目梅幸。一代の名女形とうたわれた。

【昭和9年】雑事

2月12日
多摩川の砂利摂取禁止。

3月
日本工房、第2回展「報道写真展」開催。

木村伊兵衛、原弘、伊奈信男が脱退し、中央工房設立、工房内に国際報道写真協会設置。渡辺義雄、渡辺勉、岡田桑三ら参加。

名取洋之助は、日本工房を再建し山名文夫、藤本四八、河野鷹司をスタッフに海外向け豪華大型グラフ雑誌「NIPPON」創刊。

4月
「服装文化」(初のスタイルブック・文化服装学院)創刊。

5月20日
癌研究会癌研究所開所(長与又郎所長)。

6月11日
京浜国道に初の自動横断式交通整理信号機。

9月24日
ベーブ・ルース最後の試合、ニューヨーク、ヤンキー・スタジアムで。

9月
豊田自動織機製造所自動車部が試作第1号車完成、エンジンはシボレーと同じ。

12月
日産自動車、米国グラハム=ページ車より買収の工場設備によりダットサン量産開始。

11月1日
満鉄、大連・新京間に特急あじあ号運転開始。

12月
日本の南氷洋捕鯨始まる(母線式捕鯨)。

12月
日本古文化研究所が藤原宮跡を発掘。

*新聞発行部数1,080万部に達し、普及率6.16人に1部弱に。

*国産パーマネント機械第1号発売。

*富士写真フイルム設立、国策会社として4年に120万円の助成金を商工省からうけた。発売の映画ポジフィルムは不評。

*六桜社から16ミリシネ・フィルム、赤外750、さくら航空フィルム、さくらXレイフィルムなど発売。写真熱高揚(赤外・航空フィルムの開発は軍事利用の側面に)。

*大日本活動写真協会(日活・松竹ら)は、国産フィルムがコダック社製に比し、強度、画面のヌケの悪さを挙げ使用反対を声明。

*ジョリオ=キュリー夫妻が人口放射能発見。

*イタリアのフェルミ、β線崩壊における陽子、中性子の相互転化を主張。

【昭和9年】食

6月
軽井沢の天然氷大漁に東京流入、値崩れ。

7月
帝都製氷同業組合解散、粗悪氷横行。

*リンゴが大人気で、下痢のリンゴ療法まで流行、リンゴ栽培面積は1万115町歩となり、29年間で約2倍に。

*このごろカツライスが食堂で15銭、高級店では50銭以上。コーヒーがミルクホールで5銭、純喫茶では15銭。

【昭和9年】歌

「赤城の子守歌」

「国境の町」
歌:東海林太郎

「白頭山音頭」

「さくら音頭」

「急げ幌馬車」

「並木の雨」

「キャンプの夢」

「ダイナ」
歌:ディック・ミネ

「モンテカルロの一夜」
歌:奥田良三
曲:ハイマン

「命かけて只一度」(映画「会議は踊る」主題歌)
歌:奥田良三
曲:ハイマン

「谷間のともしび」
歌:東海林太郎

「利根の舟唄」
曲:古関裕而

「城ヶ島夜曲」
歌:東海林太郎

「グッド・バイ」

「これぞマドロスの恋」(映画「狂乱のモンテカルロ」)

【昭和9年】文・学

1月29日
「文芸懇話会」結成のための初会合。

3月29日
結成。内務省保安局長松本学の肝いりで、左翼を除いた純文学と大衆文学作家の合同組織。直木三十五、吉川英治らが中心となり、岸田国士、横光利一、島崎藤村、徳田秋声らが参加。月例の懇話会、物故文士の慰霊祭(9月19日・日比谷公会堂)、追慕展覧会(9月20~27日・三越本館ホール)、陸軍演習の参観などが行われた。文芸統制の動きがしだいに顕著となる。12年7月解散。

4月
「中国文学研究会」結成。竹内好を中心とし武田泰淳らが、従来の支那学に抗して創設。機関紙は「中国文学月報」。

8月
戸坂潤、思想不穏で法政大講師を免職。

*転向文学の出現。昭和8年以降プロレタリア文学運動の潰滅にともない多くの共産主義文学者が思想放棄し、9年以降、転向の事情を告白した内面の苦渋を描く〝転向文学〟が現れた。村山知義の「白夜」をはじめとして窪川鶴次郎の「風雲」、徳永直「冬枯れ」などだが、なかでも中野重治の「村の家」は、〝転向した自己〟をみつめる視点の深さにおいて群をぬいた作品として戦後注目された。ほかに転向作家の内面を描いたものとして武田麟太郎「下界の眺め」、高見順「故旧忘れ得べき」、逆転向志向の島木健作「癩」「再建」などがある。戦後、本多秋五、吉本隆明らにより転向文学論が論じられた。

*島木健作「癩」(「文学評論」)/横光利一「紋章」(「改造」)/中条百合子「冬を越す蕾」(「文芸」)/村山知義「白夜」(「中央公論」)/佐野学「所謂転向について」(同)/吉屋信子「あの道この道」(「少女倶楽部」絵・須藤重、最近テレビで「乳姉妹」として放送)/室生犀星「あにいもうと」(「文芸春秋」)/真船豊「鼬」(「劇文学」)/杉山平助「転向の流行について」(「読売」)。

*亀井勝一郎『転形期の文学』/谷崎潤一郎『文章読本』/中原中也『山羊の歌』/萩原朔太郎『氷島』/川端茅舎句集/河合栄治郎『日本資本主義分析』。

*ベストセラー
ピットキン『人生は四十から』/田中貢太郎『旋風時代』

*「文学評論」(徳永直・渡辺順三ら)「俳句研究」(改造社)「経済評論」創刊。

*『吉田松陰全集』『岩波講座 東洋思潮』刊行。

【昭和9年】漫画

9月
坂本牙城「タンク・タンクロー」開始(「幼年倶楽部」)11年12月号までつづく。当初「中外産業新報」(現日本経済新聞)に連載されていたのが「幼年倶楽部」に連載されて人気となる。「タンク・タンクロー」はロボット人間であることからSF漫画のハシリ、「鉄腕アトム」の元祖といわれる。

8月
サトウ・ハチロー案、田中比佐良画「半田半助」開始。(大阪朝日)

9月
「婦人倶楽部」人気別冊付録(8年5月から連載)田河水泡『凸凹黒兵衛』の単行本第一集発刊。

【昭和9年】映画

2月1日
日比谷映画劇場、50銭均一として興行として開場、店員1,700人。

3月24日
日活、玉川撮影所を買収、現代劇部の東京移転開始。

5月
榎本健一一座の映画初出演。カレッジ・レビュー・シネ・オペレッタ「エノケンの青春酔虎伝」(山本嘉次郎監督)封切り。

五月三日(木曜)
十二時座へ来る。東と森永で茶をのみ、一時から「王国祭」又くさる。つくづくいやだ、うんとカットしたいと思ふ。「幡随院」又くさり。ひるの部すんですぐ、大勝館へエノケンのP・C・Lトーキー「青春酔虎伝」を見に行く。山本嘉次郎、エノケンの個性をよく活かしてゐる。おしまひの格闘などすばらしいスピードでよろし。帰って、又これからくさり劇かと思ふと、ガッカリする。
(『古川ロッパ昭和日記』より)

8月29日
永田雅一、日活を退社して第一映画社を創立。監督の溝口健二、伊藤大輔らも参加。

浮草物語 松竹
監督:小津安二郎
主演:坂本武、飯田蝶子、大日方伝

隣の八重ちゃん 松竹
監督:島津保次郎
主演:大日方伝、岡田嘉子、逢初夢子、磯野秋雄

生きとし生けるもの 松竹
監督:五所平之助
主演:大日方伝、川崎弘子、斎藤達雄

武道大艦 片岡千恵蔵プロ
監督:伊丹万作
主演:片岡千恵蔵、尾上華丈、山田五十鈴

月よりの使者 新興キネマ
監督:田坂具隆
主演:入江たか子、高田稔

婦系図 松竹
監督:野村芳亭
主演:岡譲二、田中絹代

一本刀土俵入り 松竹
監督:衣笠貞之助
主演:林長二郎、岡田嘉子、高田浩吉

その夜の女 松竹
監督:島津保次郎
主演:田中絹代、坂本武、斎藤達雄

建設の人々 第一映画社 第一回作品
監督:伊藤大輔
主演:鈴木伝明、中野英治、山田五十鈴

商船テナシチー 仏
監督:ジュリアン・デュヴィヴィ
主演:ユーベル・ブレリエ、マリー・グローリー、アルベール・プレジャン

会議は踊る 独
監督:エリック・シャレル
主演:リリアン・ハーヴェイ、ウィリイ・フリッチ

にんじん 仏
監督:ジジュリアン・デュヴィヴィエ
主演:ロベール・リアン

南風 米
監督:キング・ヴィダー
主演:ライオネル・バリモア、ミリアム・ポプキンス

或る夜の出来事 米
監督:フランク・キャプラ
主演:クラーク・ゲブル、クローデット・コルベール

街の灯 米
監督・主演:チャールズ・チャップリン
共演:ヴァージニア・チェルオ

ドン・キホーテ 米
監督:G・W・パプスト
主演:フェオドル・シャリアピン

若草物語 米
監督:ジョージ・キューカー
主演:キャサリン・ヘップバーン、ジーン・パーカー、ジョーン・ベネット、フランシス・デイ