美濃部博士天皇機関説を告発する

2月18日
菊池武夫代議士が貴族院で東大名誉教授美濃部達吉博士の「天皇機関説」を攻撃。

2月25日
美濃部博士は貴族院で弁明演説を行い反論。

2月27日
陸軍少将江藤源九郎代議士は美濃部博士の「国体観念」が不敬ではないかと岡田首相の答弁を要求。岡田首相は美濃部博士説に同意。これを不服とする江藤代議士は、翌28日東京地方検事に美濃部博士不敬罪で告発。

3月20日
貴族院は政教刷新に関する決議案を満上一致で可決。

3月23日
衆議院で政友会、民政会、国民同盟の三派共同提案による国体明徴決議案を満場一致で可決。

4月6日
教育総監直崎甚三郎は国体明徴の訓示を陸軍に通達。

4月7日
美濃部博士は東京地方検事局に任意出頭で召喚され、思想第一部長戸沢検事の取り調べを受ける。取り調べは14時間に及んだ。

4月8日
戸沢検事は内務省に中村図書課長を訪ね、美濃部博士は自著を絶版する意向であると報告。内務省警保局側は、美濃部博士が有罪か否か、また絶版か発売禁止かによって行政処分が異なるとして検事局の処断と聴取書の到着を待つことにする。

4月9日
定例閣議に全閣僚が出席。小原法相は「処分を行うこととなれば出版法第26条によることとなるだろう」と述べた。松田文相は国体明徴の訓令を出すことを報告。後藤内相は「博士の3著書に対して発売頒布禁止、2著書に改訂命令の処分」と述べた。内務省は同日夕刻、出版法第19条「安寧秩序を妨害するものと認め」、『逐条憲法精義』『憲法撮要』『日本憲法の基本主義』の3著を発売頒布禁止。(『憲法撮要』は当代を始め中大、慶大などの法学部でも教科書として使われ、高文試験の参考書でもあった。)『現代憲政評論』『議会政治の検討』の2著は改訂処分。この処分について美濃部博士はつぎのように語った。「いはゆる天皇機関説がわが国の国体と相容れぬといふのであれば伊藤博文公の憲法義解にも大なる疑問が生じては来ないだらうか。伊藤公は義解の上で国家法人思想を基礎とし「機関」の文字さへ使つてゐる。期間が悪いから自分の著書を発禁処分に付するなら伊藤公の憲法義解は一体どうなるのだらう。学説は断じて曲げるわけにはゆかぬ。発禁処分になつた以上は適当の機会に内務当局にその理由を尋ねてみたいと思つてゐる。著書が発禁にならうとも貴族院議員やその他の栄職を進んで辞する考へはない。身辺の危険さへなければ転地して静養したいとも思つてゐるがそれも意にまかせぬでネ。憂鬱な日がつゞきますネ」。
(東京日日)

4月23日
帝国在郷軍人会は天皇機関説排撃のパンフレットを頒布。

7月31日
政友会議員総会で天皇機関説の排除を声明。

8月3日
政府の国体明徴に関する声明書が発表され、天皇機関説の「万峰無比なる我が国体の本義を愆るもの」なることを明かにした。

8月5日
政府は国体明徴の諸対策を発表。

8月27日
帝国在郷軍人会は対時局全国大会を開いて天皇機関説排撃を宣言。

9月14日
東京地方検事局戸沢検事の再度召喚電話に応じて出頭した美濃べ達吉博士は5時半過ぎ迄取調べを受けた。博士の著書に対する発売禁止処分、政府当局の国体明徴に関する声明等社会情勢の変化から推して博士自身の心境の変化を充分に期待し、若し博士にして自説が我国体の本義に照らし非妥当性なる事を認めた自称的態度を具体的に表明するに於ては、特に穏当な処置に出るべしとの検察部の好意ある意向をほのめかし博士の心境を聴取したが、博士は一部字句の訂正を認めただけで、自己所説の妥当性を強調し、卸て博士は局側並に世上が問題にして居ることは自己学説の真意を解せざるところに出発したものだと語気を強めて反駁した。「事故の学説には何ら変化なし」云々とハツキリと心境に変化を来して居ない事を明言、起訴処分敢て辞するところに非ざる旨の決意を示したので、聴取書の作成を終り7時に至り前後6時間に亙る取調べを打切つて博士は帰宅を許された。貴族院議員、勲一等の帯勲者である博士に対して上奏御裁可を仰いだ上改正出版法第26条違反罪として正式起訴手続きを執る事はこゝ数日の後に切迫して来た。
(国民新聞)

9月18日
一世の視聴をあつめた貴族院議員、勲一等美濃部達吉博士の「憲法学説問題」は思想部戸沢主任検事の手で鋭意検討前後7ヶ月間に亙つて小原法相、光行検事総長、金山検事長、岩村検事局長、猪俣検事正ら検事官首脳部間で新潮凝議した結果、博士著書中1部に明らかに皇室の尊厳冒瀆の字句を認められ従つて改正出版法第26条、第27条違反罪を成立する事の意見一致を見、同条を以て博士に刑事処分を負すか否かは一に博士自身の心境如何に因る事とし、去る4月7日と本月14日の両回に亙つて博士を召喚、著書に対する発売禁止処分並に政府の国体明徴に関する声明後の社会情勢に関する博士の自省を勧説した結果、自己学説の前に己を葬る事を肯じなかつた博士も最近に至り漸く時勢に鑑みたものらしく18日午前謹慎の意を具体的に表明して正式に貴族院議員を辞任するに至つたので、博士に対する司法処分も又刑事訴訟第200も19条に準拠して特に「博士の著書は明かに出版法第26条に抵触するも特に公訴を提起せず」と即ち起訴猶予処分にする事を決定し、18日午前10時半小原法相の稟議を経て起訴猶予処分を了した。

10月15日
国体明徴再声明についての陸海軍案に対する政府修正案を発表。

声明全文

嚢に政府は国体の本義に関し所信を披瀝し以て国民の響ふ所を明にし愈よ其精華を発揚せんことを期したり 抑々我国に於ける統治権の主体か天皇にましますことは我国体の本義にして帝国臣民の絶対不動の信念なり帝国憲法の上諭並条章の精神亦玆に存するものと拝察す然るに漫りに外国の事例学説を援いて我国体に擬し統治権の主体は 天皇にましまさすして国家なりとし 天皇は国家の機関なりとなすか如き所謂天皇機関説は神聖なる我国体に戻り基本義を愆るの甚だしきものにして之を芟除せさるへからす政教其他百般の事項総て万邦無比なる我国体の本義を基とし其真髄を顕揚するを要す政府は右の信念に基き玆に重ねて意のあるところを闡明して以て国体観念を愈よ明徴ならしめ其実績を修むる為全幅の力を効さんことを期す

青年学校令

4月1日
青年学校令公布。実業補習学校と青年訓練所を統合、「男女青年ニ対シ其ノ身体を鍛錬シ徳性ヲ涵養スルト共ニ職業乃至実際生活ニ須要ナル知識技能ヲ授ケ以テ国民タルノ資質ヲ工場セシムルヲ目的」としているが、陸軍省兵役予備教育政策と連動したものであった。

14年
青年学校令改正。上級進学者を除き、12~19歳までの男子に義務制となる。