キリン・大日本ビール独占

5月
ビール界は一昨年7月、大日本が麦酒鉱泉を合併、キリンとは共販会社を組織して販売提携(価格と出荷)をなし、その後共販は東京ビールを買収、更にサクラビールとの協定成立によつて完全なる販売統制が確立されるに至つてゐるが、キリンビール会社では年初来ひそかに大日本ビールの株式買集めに着手し、今日まですでに約2万株を買収するに至つた。最近に至りこの情報を察知した大日本ビールはこれが対抗上キリンビールの株式を買集めることになり現在までに約1,000株を入手し、今後も引続き買入れを継続する方針である。これによつてビール界はいよいよ大日本、キリン両資本の統制時代により更に単一資本の独占形態への発展に一歩を進めるに至つたわけである。
(東京日日)

帝国美術院改組

5月28日
松田源治文相、美術界の挙国一致のため帝国美術院改組を発表。

5月31日
帝国美術院規約廃し帝国美術院官制制定。

6月1日
横山大観、藤島武二、安井曾太郎、竹内栖鳳ら会員任命。旧帝展系作家に不満。

10月15日
旧帝展系洋画家、二部会結成。

昭和11年(1936年)6月
帝展再改組。

昭和12年(1937年)6月
帝国芸術院官制制定。

池袋細民窟

恐らく市内最低だらうといはれる大東京の新黒点―細民アパートが豊島第二方面事務所から市社会局に要救済細民集団として登録された。その名を「大臣偶」と呼ぶ。同方面事務所から市への状況報告を抜萃すると、
一、所在地=豊島区池袋7ノ2097
一、建物=室数70、1室1坪乃至3畳
一、世帯数=43、人員252(女独身者1)このうち13世帯は昭和3年ごろより在住
一、職業=植木職の手伝ひ4世帯(雨天ならざれば月収14・5円以下)△土工24・5世帯(雨天ならざれば月収14・5円以下)△露天商(主に植木)、その他ワンタン屋、シンコ屋、ドンドン焼屋等(1世帯槻収入最高15円)△掘屋(ゴミすて場などを掘返してものを拾ふ商売)5・6世帯(1日30銭~60銭)右いづれも雨天の際は失業
一、乞食はなし、曲馬団に娘を売りし者3(2・3年前8歳・9歳)
どうしてこんなアパートができたか。元こゝは西巣鴨町字堀之内といひ西村喜之助氏が諸官庁の払下の古材で鉱泉旅館をつくり名を「大臣偶」といつて大正13年6月開業したが、商売不振でその暮には早くもアパートになつて部屋貸をはじめた。ところが間代を払ふものが皆無で、遂に借財の担保として下谷区車坂町富士屋旅館の所有となつたが、依然間代が回収出来ず、立退にも応ずるものがない。このために破損を修理することもなく荒れるに任した各部屋には何時しか魑魅魍魎のやうに貧者は這入り込み立退きを迫つても頑として動かぬやうになつてしまつた。
(読売)

宮本百合子、窪川いね子ら検挙

5月6日
袴田里見(22)が本郷の街頭で検挙されてから丁度2ヶ月目に同人のハウスキーパー田中うた(27)が運命尽きて遂に警視庁特高課の手に捕縛され、続いて7日、四・一六事件の被告で一昨年秋の銀行ギヤング事件当時まで活躍してゐた前名清家齢事若松齢(22)も当局の網にかゝり、更に宮本顕治の妻で昨年春検挙、病気のため釈放されてゐた女流作家宮本百合子(36)も10日朝検挙された。
(東京朝日)

6月
戸塚署楼上の特高室で去る11日宮本百合子との関係から検挙留置されてゐるプロ作家窪川いね子(32)<のちの佐多稲子>が転向の手記ならぬ小説の原稿を書いた。左翼凋落の秋とはいへ留置中の「赤の容疑者」に原稿を書かした事は当局としては破格の温情だ。彼女の夫君鶴次郎氏はかねて胸を病んで健造(6歳)達枝(4歳)の2児と母親の5人の生活費はいね子がペンで稼ぎだしていることとて検挙と同時に一家は全く窮乏、糧道を絶たれた家族の歎きはさる事ながら、喜んで一家のこの責任を負つてゐたいね子は更に困惑、一家を思ふては清算手記も進まず悶々としてゐた。この悩みを知つた係員は最初は法のため止むを得ぬ事態として見てゐたが、窪川一家の窮状を察知するに及び又検挙当時2・3枚書きかけてゐた小説のある事を聞いて心から同情、つひに本庁特高課に報告した結果、「見て見ぬ振り」の原稿執筆を許すことになつたもの。
かくて歓喜したいね子は去月20日頃から連日猛烈なスピードで毎日手記を半分、小説を半分と書きつづけ、病夫鶴次郎氏は毎日これを持ち帰つては浄書して一両日前漸く脱稿、某婦人雑誌社へ送つた。60枚のこの小説は前途に希望のない無気力なサラリーマンの生活的不安をテーマとしたもので留置中の作としていね子の一生を通じての記録ともならう。17日、同署楼上で書き綴つてゐた「闘争経歴」約100枚の手記が昨16日で完成したので、難しい転向その他の問題は兎も角として午後6時一先づ身柄を釈放された。
(東京朝日)

広重の「阿波鳴門」発禁

5月
三審美署員出版の広重画「阿波鳴門」が鳴門海峡のはげしい渦巻と共に点々する島、山、その風景が仮令遠望とはいへ流石大家のものだけに巧緻真に迫るものがあり、現在の要塞地帯を窺知するに足るものであると云ふ点が要塞地帯法に触れると和歌山県兵隊に摘発され、東京憲兵隊の調べを受けた。結局複製の木版刷残品を押収され、今後の出版を禁じられてケリがついたが、浮世に居ない筆者の意向をたゞす訳にも行かない。
(読売)