【昭和16年】冥友録

1月4日 アンリ・ベルグソン(81)
ドイツ占領下のパリで死去。仏哲学者。1859年パリに生まれる。1900年コレージュ・ド・フランス教授に就任。28年、前年度のノーベル文学賞受賞。意識を「純粋持続」であるとし、分析的知性に対して「生の飛躍」としての直感を重視。フランス的なこの「生の哲学」は世界の文芸思潮に多大な影響を与えた。

1月13日 ジェイムズ・ジョイス(58)
チューリヒで死去。アイルランドの小説家。1882年ダブリンに生まれる。主にヨーロッパで創作を続けたが、作品の背景には常に故郷ダブリンがあった。1914年の『ダブリンの人々』は自然主義的作風、現代文学の金字塔とも言うべき22年の『ユリシーズ』では有名な「意識の流れ」の手法を用いたほかさまざまな表現上の実験を試み、39年の『フィネガンズ・ウェイク』では言語解体の間際にまで行きついた。

3月28日 ヴァージニア・ウルフ(59)
最後の小説『幕間』を残し入水自殺。イギリスの女流作家。批評家の娘として文学的環境の中で育ち1912年批評家ウルフと結婚。伝統的小説形式から出発するが「意識の流れ」の手法を独自の感覚で取り入れた彼女の創作の旅は、代表作『灯台へ』と『波』では小説形式と自己の精神の波打ち際まで辿りついた。理論家としても優れ珠玉の文芸批評を残したが、その実験性は彼女の内面をも浸食せずにはいなかった。

5月7日 J・G・フレイザー(87)
イギリスの人類学者。人類学の古典ともいうべき『金枝篇』を著したが、宣教師や旅行者から得た膨大な資料の恣意的な選択によって自説を組み上げたため、「安楽椅子学派」と呼ばれ創世記にあった社会人類学の反面教師として批判された。しかしT・S・エリオットの『荒地』等文学および芸術への影響、人類学の魅力を広く知らしめた功績は否定できない。

6月2日 ルー・ゲーリッグ(39)
小児麻痺のため。米野球選手。1903年ニューヨーク生まれ。22~39年ニューヨーク・ヤンキースで一塁手として活躍。強打者として知られ、17年間のプロ野球生活を通じて打撃率3割4分1厘、連続試合出場数2,130回を記録。

7月17日 川端茅舎(45)
東京大森の自宅にて脊椎カリエスのため死去。俳人。明治30年(1897)東京日本橋生まれ。画家川端竜子は異母兄。はじめ洋画家をこころざし岸田劉生に師事するが病弱のため画業を断念。大正6年(1917)脊椎カリエス発病後は臥床闘病の中で句作に専心。句集『華厳』『白痴』など。
○朴散華(ほほさんげ)即ちしれぬ行方(ゆくへ)かな

8月7日 ラビーンドラナート・タゴール(80)
カルカッタで死去。インドの思想家、詩人。1861年カルカッタの名門の家に生まれる。優れた家庭環境の中で8歳から詩才を発揮。著述はベンガル語で行ったが、1912年英訳出版された詩集『ギータンジャリ』が翌年ノーベル文学賞を受賞。西欧とアジアの相克を幅広い視野で見据え、さまざまな著述や生き方が絡み合うようにして完成されていった東洋的な哲学観は、大地に立つ一本の太い木を思わせる。

8月22日 長谷川時雨(しぐれ)(62)
劇作家、小説家。明治12年(1879)東京日本橋生まれ。竹柏会入会後、佐佐木信綱門下となるが、離婚後文筆生活に入り、歌舞伎脚本、小説、劇評などを書く。大正8年(1919)三上於菟吉と再婚。昭和3年(1928)雑誌「女人芸術」を岡田八千代と創刊、主宰し、林芙美子、佐多稲子、円地文子ら多くの女流作家を世に出し、活躍の場とした。8年(1933)婦人団体「輝ク会」結成。代表作に戯曲『覇王丸』、『近代美人伝』など。

8月27日 クーデンホーフ光子(69)
元駐日オーストリア代表公使故クーデンホーフ・カレルギー伯爵夫人(旧姓青山)。明治7年京橋区八丁堀水谷町生まれ、20年代一等書記官であったカレルギー伯がケガをした時、介抱したのが縁で知り合い、18歳で望まれて伯爵夫人となり、28年帰任する伯に同行し渡欧。オーストリア社交界で名をなす。伯爵は長男が12歳の時に亡くなったが、残された7人の子供すべてに大学教育を終えさせた。

11月23日 関屋敏子(38)
品川区下大崎の自宅で自殺。明治37年(1904)生まれ。東京音楽学校中退、三浦環に師事。大正14年(1925)楽壇デビュー。昭和2年(1927)イタリア留学。6年(1931)米国ハイウッドホールで日本人初の主演。8年(1933)ふたたびイタリアに渡り、各地でプリマドンナとして日本人初のオペラ五大歌劇に出演。帰国後、バレエ風オペラ「お夏狂乱」を自作自演したほか演奏会などで人気を得たが、芸術生活に行きづまっていた。

12月29日 南方熊楠(みなかたくまぐす)(75)
慶応3年(1867)紀州藩田辺に生まれる。東大予備門を中退し渡米、ランシング農科大に籍を置くが退学。アメリカ大陸をサーカス団の書記になったりして歩き、動植物の観察採集に専念。1892年天文学懸賞論文「東洋の星座」が当選しロンドン学界で認められ、大英図書館東洋調査部に入る。19ヵ国語を自由に読み書きできたという天才的語学力を駆使した。明治33年(1900)帰国し、和歌山県南紀で70種の粘菌種を発見。44年(1911)神社合祀・社林伐採に動植物学の貴重な資料が失われると反対、投獄。「南方二書」を自費出版。ここから柳田国男との研究協力が始まる。

【昭和16年】雑事

3月22日
岸記念体育館落成。

4月1日
文部省はドレミ階名唱法をハニホ音名唱法に改正実施。

5月1日
幼児、妊婦にパン配給制。

6月
アメリカン・スクール閉鎖。

7月13日
団体旅行および全国的競技大会中止を通達、ただし神宮国民体育大会を除く。

7月16日
三等寝台廃止、食堂車削減。

9月28日
朝鮮の鴨緑江水力発電(株)水豊発電所、営業送電開始。

10月26日
セントライト初の三冠馬に。横浜農林賞典(現皐月賞)、東京優駿(日本ダービー)、京都農林賞典(現菊花賞)

11月13日
野村証券に投資信託業務認可される。

12月18日
新たばこ「鵬翼」「みのり」発売。

*日本癌学会創立。

*興亜写真報国会発足(成沢玲川理事長、金丸重嶺・鈴木八郎理事)。

*日本報道写真家協会解消、日本報道写真協会結成(松井春生会長)後に感光材料配給に関与/日本写真感光材料統制株式会社設立。

*写真雑誌統合で「写真文化」「アサヒカメラ」「写真日本」「報道写真」の4誌に。

*英、レーダー(電波探知機)を実用化。

【昭和16年】広告

12月2日
広告宣伝団体を一元化した国策協力団体として「日本宣伝文化協会」が内閣情報局、大政翼賛会の指導・斡旋のもとに設立。

18年(1943)3月4日
「日本宣伝協会」と改称し改組教科を図る。

12月8日
労務調整令。求人広告が規制され、国民職業指導所の検印を必要とするようになった。

【昭和16年】ラジオ

4月1日
「学校放送」を「国民学校放送」に、「子供の時間」を「少国民の時間」にそれぞれ改称。

5月
日本放送協会技術研究所、週1回TV実験放送開始。

8月4日
聴取加入者数600万突破。

11月17日
東条首相の施政方針演説を録音放送。議会放送の初め。

12月8日
全国中継放送は東京発に制限。都市放送(第二放送)は中止。気象通報、語学放送も中止。

12月
大きな戦果を伝えるニュースの前後にレコードを演奏。陸軍は「分列行進曲」、海軍は「軍艦行進曲」、陸海共同の時は「敵は幾万」。

12月14日
25人の詩人に委嘱し、毎朝「愛国詩」の放送を始める。丸山定夫、中村伸郎、東山千栄子らがこれを朗読。尾崎喜八の「此の糧」、高村光太郎の「最高にして最低の道」など。

【昭和16年】歌

「出せ一億の底力」
曲・詞:堀内敬三

「さうだその意気」
曲:古賀政男
詞:西条八十

「めんこい仔馬」
詞:サトウ・ハチロー

「『戦陣訓』の歌」

「琵琶湖哀歌」
歌:東海林太郎

「梅と兵隊」
歌:田畑義夫

「アリラン月夜」
歌:菅原都々子

「パラオ恋しや」
歌:岡晴夫

「軍国舞扇」
歌:東海林太郎

「夜霧の馬車」
歌:李香蘭

「たなばたさま」

「森の水車」
歌:高峰秀子
曲:米山正夫
詞:清水みのる

「たきび」

【昭和16年】文・学

2月26日
情報局、各総合雑誌に執筆禁止者名簿を内示(矢内原忠雄、馬場恒吾、清沢洌、田中耕太郎、横田喜三郎、水野広徳)。

3月7日
「左翼」関係出版物、約660点一括発禁。

11月
同人雑誌約80誌を8誌に統合。

11月
軍報道班員として井伏鱒二、高見順ら文学者徴用、マレー、ビルマ、ジャワなど。

*滝口修造、シュール・リアリズム運動の福沢一郎らと共に共産主義者シンパの疑いで検挙。

*下村湖人「次郎物語」(「青年」)/堀辰雄「菜穂子」(「中央公論」)/徳田秋声「縮図」(「都」)/小林秀雄「歴史と文学」(「改造」)

*高村光太郎『智恵子抄』/山本有三『路傍の石』/林房雄『転向について』/保田与重郎『近代の終焉』/三木清『人生論ノート』/石川淳『森鴎外』/今西錦司『生物の世界』(住み分け理論)/海野十三『火星兵団』

*ベストセラー
吉川栄治『新書太閤記』

*「科学朝日」「図解科学」「日本教育」(文部省の指導で教育雑誌を統合)
「青年芸術派」(青山光二、田宮虎彦、十返一<肇>、野口富士男ら)創刊。

【昭和16年】映画

1月1日
昨年9月に内務省より出された劇映画上映本数制限により、松竹、東宝、日活、新興、大都の5社は1年48本以内、南旺、東京発声は1年6本以内、全勝、極東は1年24本以内となる。

5月1日
日本ニュース社は社団法人日本映画社と改称、文化映画の作成配給も兼ね新発足。

7月1日
映画法による興業時間2時間半制、全国実施。

7月28日
アメリカ映画商社8社、資金凍結。

12月7日
閉鎖。

10月25日
東京発声映画製作所解散。

11月25日
大宝、南旺、極東各社は映画製作を中止。大宝は東映商事株式会社と改称し東宝に合流。

 

戸田家の兄妹 松竹
監督:小津安二郎
主演:佐分利信、高峰三枝子、葛城文子、吉川満子

みかへりの塔 松竹
監督:清水宏
主演:笠智衆、三谷幸子

馬 東宝
監督:山本嘉次郎
主演:高峰秀子、藤原釜足、竹久千恵子

芸道一代男 松竹
監督:溝口健二
主演:中村扇雀、中村芳子、梅村容子

花 松竹
監督:吉村公三郎
主演:上原謙、田中絹代、桑野通子

元禄忠臣蔵 興亜
監督:溝口健二
主演:市川右太衛門、中村翫右衛門、高峰三枝子

蘇州の夜 松竹
監督:野村浩将
主演:李香蘭、佐野周二

川中島合戦 東宝
監督:衣笠貞之助
主演:大河内伝次郎、長谷川一夫、山田五十鈴、入江たか子

次郎物語 日活
監督:島耕二
主演:杉裕之、杉幸彦、井染四郎、杉村春子

邂逅 米
監督:レオ・マッケリイ
主演:シャルル・ボワイエ、アイリン・ダン

スミス都へ行く 米
監督:フランク・キャプラ
主演:ジェームス・スチュアート、ジーン・アーサー

仏蘭西座 仏
監督:マルセル・レルビエ
主演:イヴォンヌ・プランタン

城砦 英
監督:キング・ヴィダー
主演:ロバート・ドーナット、ロザリンド・ラッセル

雨ぞ降る 米
監督:クラレンス・ブラウン
主演:タイロン・パワー、マーナー・ロイ

砂塵 米
監督:ジョージ・マーシャル
主演:マレーネ・ディートリッヒ、ジェームス・スチュアート

勝利の歴史 独
ヒトラーのポーランド進撃からフランス降伏にいたる6週間の電撃戦記録映画。