シンガポール占領

1月31日
ジョホールバルを占領し、シンガポール島の英軍に、砲撃開始。

2月7日
英軍牽制のため、シンガポール島東北のウビン島に一部上陸。

2月9日【大本営発表(午後5時5分)】
マレー方面帝国陸軍部隊は昨8日以来敵の抵抗を排除してジョホール水道の渡河に成功し堅塁シンガポール島要塞に対し攻撃を開始せり。

2月11日
シンガポール攻略のヤマであったプキテマ高地占領(紀元節を期して占領するよう辻政信参謀が叱咤激励した)。

2月13日
ギャップ西側高地占領。

2月15日
午後2時30分
英軍使白旗をかかげて降伏。貯水池陥落と砲弾不足。

午後7時
ブキテマ北方のフォード自動車会社の一室で、山下奉文司令官と英国司令官パーシバルの会談が始まる。

【大本営発表(午後10時10分)】
マレー方面帝国陸軍本隊は本15日午後7時50分シンガポール島要塞の敵軍をして無条件降伏せしめたり。

2月17日
【大本営発表(正午)】
シンガポール島(港)は爾今昭南島(港)と呼称する事に定めたり。

衣料切符制

1月20日
衣料切符制発令で繊維製品の販売や移動が禁止となり、初の違反者が発覚。日本橋区堀留町の織物問屋街の主人3人で、彼らは今朝店員を総動員して在庫の反物その他を大量にトラックに積み込み取引先へ運ぼうとしていたところを堀留署の監視隊に発見され検挙された。

2月1日
衣料品点数切符制実施。1人1年に都市100点、郡部80点。背広1組50点、ワイシャツ1着12点、くつ下1足2点など。

ユダヤ人問題の最終解決

ベルリンのグロッセン・ワンゼー街の国家中央保安局で「ユダヤ人問題の最終的解決に関する協議会」が開かれ、1,100万人のヨーロッパユダヤ人の強制労働と「適切処置」が提案される。SS(親衛隊)上級集団長ラインハルト・ハイドリヒ、同大隊長アイヒマンら出席。これに基づいて、アウシュヴィッツ所長のヘスは、最も進んだ「処置」施設を持っていたトレブリンカ収容所の6カ月で8万人「処置」能力を数倍上まわる特別焼却室の建設を近くのビルケナウにはじめる。この年の終わりには4つの大焼却場のうち2つが完成。大量の囚人が到着しはじめる。到着すると労働に適するものと不適の者に選別され、共に消毒室と書かれた部屋に入れられるが、一方のシャワーの穴からは温水ではなく、チクロンBガスが流れ込み、十分そこで死に追いやられた。30分後には電気調整器が動き出し、死体は昇降機で焼却炉へ持ち上げられ、2,000の死体は5つの炉で12時間で処理された。

大増税

1月16日
大東亜戦争完遂下初の直接税11億円増徴をめざす増税案決定。新税としては電気ガス税、広告税、馬券税が登場。

項目別に見れば…
分類所得税については、50円以上の月給取は一律に納税資格者となり、税率も現行6分の4分増しの1割に引上げた。更に人口増殖子宝擁護の見地から扶養家族のある者は子供4人迄は1人当り月2円、子供5人以上のときは各扶養者1人当り月3円の減額を受けることになった。

相続税は大体2割程度の増徴。

電気瓦斯税は1月3円を超える使用者は1割課税する。但し直接業務用に使用する場合は課税せず、これら業者の販売所、事務所等に使用する場合は課税する。

広告税
(イ)新聞紙、雑誌、書籍、汽車、電車、自動車、汽船、映画、入場券、乗車船券、アドヴアルーンによる広告(非営業的広告も含む)
(ロ)立看板、掛看板、ポスター、チラシ、時間表、野看板等の広告に課税する。

馬券税は勝馬投票券又は優等馬票を買つた時の金額及び払戻金に課税、勝馬投票券は全額の7分、優等馬(鍛錬馬)票は4分、払戻金には所定の金額を控除した残りの勝馬投票券の場合は2割、優等馬票の場合は1割の税金を課す。

織物消費税の増徴は現行税率1割を1割5分に引上げ。ただし、大衆生活必需品織物は引上げず。

4月1日
実施。