浜松の大量殺りく

9人を即死させ6人に重軽傷を負わせた事件は16年8月からこの日まで、1年間にわたり、浜松地方で起きた。逮捕当時18歳だった犯人・太田孝介=仮名は、生来の難聴者で、聾唖学校で口話法ではなく手話による不完全な教育しかうけなかったため、簡単な単語を発音するにすぎなかった。
最初の事件は16年8月18日深夜、芸妓置屋に強盗強姦殺人の目的で侵入、芸妓の1人の胸から心臓を短刀で突き刺して即死させ(以後も同じ手口)、他1人に傷を負わせて逃走。1日おいて、同じ目的で料理屋に侵入、就寝中の老雇人(62)、女中(16)、女主人(44)をそれぞれ短刀で突き刺して即死させ逃走。共に強盗強姦の目的は果たせなかったが、幸介はさらに日ごろ冷遇疎外されているとのうっぷんをはらそうと9月27日深夜、外部からの侵入者を装い、長兄を殺害、その妻と子供、実姉と実父に傷を負わせた。反攻が発覚しないことで、幸介は殺人の雰囲気に陶酔し、さらに17年8月30日、電車でのりあわせた娘(19)の家に侵入、娘の両親と弟を殺害、娘本人が騒いだため強盗強姦の目的は果たせず逃走した。これが最後の事件となり、幸介は逮捕された。実父は幸介の逮捕直後、天竜川に投身自殺した。取り調べ中の艦艇によれば幸介は知能はかなり優秀だったが、十分な教育をうけなかったため、抽象能力、特に道義的判断が全く未発達の心身耗弱者だったとされたが、戦時中で十分な審理をされぬまま、青年を聾唖者ではなく難聴者と認定して死刑判決を下し、処刑してしまった。