たぬき御殿の豊沢また…

10月30日
名古屋市中区の和光建設へゼネラル物産専務手束太輔という男が現れ、東京銀行名古屋支店の2,500万円預け入れの変造した普通預金通帳を見せ、新しい事業を始めようと持ち掛け、和光建設社長の出資した現金200万円を詐取して逃走した。捜査の結果、男は2月に詐欺で指名帝杯中の徳島市生まれ住所不定っ豊沢一馬(46)で、すでに3件の詐欺を働き、11の偽名を使い戦後東京で興亜商会などのユウレイ会社を造り、王子製紙の偽出荷伝票で1,000万円近くを詐取、宇都宮市に大邸宅をおき、たぬき御殿とうらやまれていた。

11月7日
兵庫署は京都五条署管内で豊沢を逮捕。豊沢は京都市内で情婦と豪華アパートを借りていた。

スエズ動乱

10月29日
イスラエル軍はエジプトに進撃、シナイ砂漠の陣地を占領した。

10月30日
イスラエル軍、スエズ運河に迫る。

10月31日
英仏ついに武力を発動しスエズ地帯へ侵入、軍事目標の攻撃や首都カイロを爆撃した。米アイゼンハワー大統領は、英仏の攻撃は誤りで承認しがたいと言明。

11月5日
イスラエル・エジプト、国連のスエズ停戦決議受諾。ソ連ブルガーニン首相、ロケット兵器使用辞せずと英仏軍撤退主張。

11月6日
英仏軍ポートサイド占領。英仏は国連軍の漢詩を条件に停戦を命令したとイーデン英首相はハ国連事務総長に通告した。

11月6日
重光外相は閣議でスエズ紛争、ハンガリー問題を中心に経過報告し、5日ブルガーニン・ソ連首相がアイゼンハワー米大統領にあてた武力による中東収拾策の書簡を重視し、まさに第二次大戦前夜を連想させると強調した。

11月7日
スエズ動乱についての英仏・エジプト交渉はついに成立し英仏軍司令部は停戦命令を発した。

11月10日
ネルー・インド首相はカルカッタでスエズ問題が短気に解決しなければ世界大戦になろうと語った。

11月10日
英仏がエジプトから撤兵せねばソ連は義勇兵を許すとタス声明。

11月11日
中国人民エジプト支援委員会はエジプトへ義勇兵を派遣するなど協力援助策を決定した。

11月21日
国連警察軍、ポートサイド進駐開始。

12月22日
英仏軍撤退完了。

父の愛人を殺す

過程を破壊した父の愛人を殺そうとした15歳の少年Kが目的を果たさず身代わりに4歳になる愛人S子さんの(27)の二女をハンカチで首をしめ胸を一突きして殺し大阪大正署に逮捕された。Kの父(39)は数年来妻とK、弟2人を残したまま家庭を捨て、「学校へ行っている弟が友達からお前の父は女気違いだとからかわれ、一家を救うためS子を殺し、父を連れもどそうとした」と自供。

ハンガリー動乱

10月20日
ポーランド労働者党中央委員会はゴムルカ元書記長を第一書記に指名したが、ゴ書記は〝自由〟選挙を公約し国民に大きな反響をよび対ソ関係は険悪化しソ連軍はワルシャワへ向かって進んでいるとUP特電。

10月22日
ハンガリーでは元副首相ナジ氏復帰を文学者クラブが要求。

10月23日
ハンガリーで10万の群衆がソ連軍撤退を要求して学生、労働者がデモ。

10月24日
ハンガリーの動乱は拡大し鎮圧にソ連軍が出動、政府側の戦闘機も出動したとUP特電。ハンガリー労働者党中央委員会はナジ氏を首相に任命、また同党中央委員会と政治局員に選出させた。

10月25日
ハンガリー首相は全ソ連軍の撤退を要求。その会談を近く始めると放送した。ゲレ第一書記解任、カダール氏後任。

10月26日
ハンガリーの暴動は再燃、政府は反乱軍を総攻撃する命令を発したが、ゼネストは鉄道から工場にまで波及した。

10月27日
ハンガリーのブダペストほかで軍隊が反乱に参加、激戦。ブダペストでは「死体の山」。

10月29日
ハンガリーのナジ首相は戦闘を即時中止するよう全政府軍に命ずると共に民族主義者を容れるなど大幅の改革を発表した。ソ連軍はブダペスト撤退へ。

10月30日
ナジ首相、一党制廃止と自由選挙実施発表。

11月1日
ハンガリーはワルシャワ条約を脱退し中立を宣言した。

11月1日
ソ連軍、ハンガリー侵入、道という道はソ連軍で埋まる。中国は大国主義批判しつつソ連支持。

11月4日
ソ連軍はブダペストを占領しナジ政府を接収、全閣僚を捕らう。

11月7日
ハンガリー反乱軍は〝ラコッツィ放送〟から再建された米アイゼンハワー大統領に武器と食糧と医療品を求める訴えを放送。ブダペストでは〝モロトフ・カクテル(火炎ビル)〟による抵抗がっくり返されたが、9日までには死の海と化した。

11月9日
ジャン・ポール・サルトル氏はソ連のハンガリーに対する武力行使を非難して、仏ソ友好協会から脱退。

11月15日
ソ連軍は鉄道を接収しハンガリー人捕虜の大量シベリア送りを開始、ブダペスト市内だけでも婦人子供を含む約1万6,000人が〝ドレイ列車〟で送られたといわれる。

11月18日
ソ連はハンガリーに20個師団を増派。

11月18日
ソ連軍配置は近く協定、内政干渉はしないとソ連、ポーランドが共同声明を発表。

11月23日
22日自宅に護送しようとしていたブダペスト駐在ユーゴ外交官の手からソ連兵によって奪いとられたナジ前首相の行方不明問題でユーゴは避難民保護協定を犯すとハンガリーに抗議した。ナジ氏はルーマニアへ。

11月26日
ソ連は、西ベルリンから西独に向かう英軍用列車の運行を阻止、引き返すよう命令した。ソ連のベルリン封鎖は1948年6月~翌年5月まで行われたがマリク・ジェサップ階段で解除されていた。

12月9日
ハンガリーの労働者評議会は11日から48時間ゼネストを指令。カダール政権は全土に戒厳令をしき、労評を非合法活動で解散。

12月12日
各地で市街戦。

12月30日
ソ連、ハンガリーに500万ドルの借款供与。