朝永振一郎にノーベル賞

10月21日
スウェーデン科学アカデミーは東京教育大学教授朝永振一郎氏が、1965年度ノーベル物理学賞の3人の共同受賞者の1人となったと発表。3人は素粒子論に広範な影響を与えた量子電気力学分野での基礎的研究で受賞した。

12月10日
ノーベル物理学賞を受けた朝永振一郎博士は、病気のためストックホルムの授賞式に出席できなかったが、同じ日に東京・麻布のスウェーデン大使館でアルムクビスト大使から賞を手渡された。

精薄児施設廃園の裏

36年(1961)2月、児童福祉法による精薄児収容施設として認可された「多摩川学園」が廃園されることが判明した。運営に不正の疑いがあると、都議会が追求している最中であった。この種の社会事業は収益などないのに、借金を抱え、国や都の補助だけを頼りに運営してきたことに無理があり、その穴埋めは児童の給食費から流用されていた。都民生局の調べでは、昨年度だけでも47万9,000余円。今年4月から9月までに13万余円の補助が児童のために使われず、ほとんどが職員の人件費などに当てられていた。5歳から18歳まで男17人、女14人の3分の1は親のない子たちで、月末までに他の施設に移される。

冷蔵庫で窒息死続出

10月17日
福島県会津若松市内の空き地に置いてあったアイスボックスの中に近所の5歳・6歳・7歳の幼児が入って遊んでいるうち、扉が締まり、中から開けられないため閉じ込められ窒息死。

10月18日
東京・練馬区の空き地に置いてあった冷蔵庫に入ってマンガの本を読もうとした近所の中学生(12)が扉がはずみで締まってしまい窒息死。

10月28日
兵庫県加古川市で少女(9津)が隠れんぼをして自宅台所の使用していない冷蔵庫の中に入り、出られなくなり窒息死。

11月23日
札幌市苗穂町で22日昼ごろ遊びに出たまま行方がわからなかった8歳と10歳の小学生が同町雪印市乳販売会社車両置き場に置いてあったアイスボックスの中で死んでいるのが発見された。タテ・ヨコ1.2メートル、高さ0.7メートルのアイスボックスの中で2人はたがい違いになり、下になっていた児童は窒息死、上になっていた児童は凍死していた。

モデルカー・レーシングブーム

警視庁少年1課と蒲田署は、モデルカー・レーシングに夢中になっていた“サーキット族”の少年8人を盗みの疑いで補導した。調べによると、大田区の小学5年生(11)は自宅近くのアパートに4回にわたって忍びこみ、計3万円を盗み、また同区内の中学3年生(14)はスーパーマーケットで買い物客のカゴから1万円をスリとって、また練馬区内の中学2年生6人は自宅近くのサーキット場からモデルカー30台を盗んでは友人に売りつけるなどして、この遊びの料金に当てていた。

ベトナム報道

1月4日
毎日新聞は、国際事件記者の名を持つ大森実外信部長の下で「泥と炎のインドシナ」の連載開始。

4月28日
米上院外交委で国務次官ら「朝日・毎日両紙に共産主義者浸透」との証言を公表。

9月26日
毎日新聞、「大森外信部長、北ベトナムに入る」の第1報。西側ジャーナリスト第1号。

10月3日
大森外信部長発、北ベトナム国立映画部制作のニュース映画で、米軍機が低空からライ病院を爆撃しているシーンを見てのニュース記事「逃げまどう患者、赤十字の旗ちぎれ飛ぶ」を掲載。

10月5日
ライシャワー米大使、日本の新聞のベトナム報道は偏向と批判。大森外信部長を「新聞記者としての資格に欠ける」と名指しで批判。米大使館すこふと報道官も「映画をもとにライ病院爆撃を真実として報道したことは新聞記者として妥当な態度だったとは思えない」と声明。

10月8日
大森実、北ベトナムから帰国。

昭和41年(1966)1月1日
持病悪化のため大森実、休職。

昭和41年1月13日
大宅壮一が間に立って辞表受理。