ブラック・パワー

5月
ナッシュビルのSNCC(全米非暴力学生委員会)の会議で、ストークリー・カーマイケルは公民権運動という現状改良運動から、改良を拒否するブラック・パワーを提唱する。
黒人と白人リベラルとの違いは、朝起きたときにまずなにが目にはいるかのちがいだ。われわれはシェアクロッパーの小屋を見るのだが彼らはセントラル・パークを見る」。

7月4日
米国人種平等会議大会でストークリー・カーマイケル主張の「ブラック・パワー」指示決議を採択。

釜ヶ崎が愛隣地区に

5月28日
大阪・釜ヶ崎の碁会所で火事があり、このとき消防車の出動が襲いことから労務者たちが騒ぎ出し、パチンコ店に投石、警官を襲ってピストルを撃ったほか、警官詰め所に放火する騒ぎとなった。

6月21日
大阪・西成区のパチンコ店で労務者とパチンコ店員のもめごとから再び群衆騒動が起こり、投石でも負傷者が出た。実力行使に出た西成署は、この騒ぎで14人を公務執行暴力行為で検挙した。この地区は先月28日に起こった「第二の釜ヶ崎事件」ののち「愛隣地区」と命名されたばかりであった。

ヘリで種まき

秋田県南秋田郡の八郎潟中央干潟地実験、訓練両農場で、ヘリコプターによる空からの種まきが行われた。ヘリによるたん水直まき田への種まきは、12月に砂地干田で大型農業機械を使って行われた“サワニシキ”の種まきに続いて2回め、今回の実験種モミも寒さに強い品種として定評のある秋田県の“ヨネシロ”を使用。

結婚に悪質いやがらせ

5月19日
故鳩山元首相の孫、鳩山満喜子さん(24)=ソニー常務、道夫氏の長女=と東洋酸素寺本社長の三男孝君(24)の結婚式に、ニセの招待状がばらまかれたうえ、孝君が、いつの間にか別の女性と結婚したように戸籍まで変更されていた。悪質ないやがらせとみて、警視庁も捜査を始めた。

6月23日
ニセ招待状、ニセ結婚届事件の犯人が逮捕され、慶大大学院法学研究科学生村江立民(28)は犯行を自供。村江は4年程前、満喜子さんに交際を申し込み断られ、孝君とは慶応大学で同じ人見ゼミに在籍しており、4月ごろ2人の結婚を知ってねたみ、いやがらせを計画した。

中国文化大革命

2月1日
「人民日報」に劇作家田漢を批判する論文掲載。

2月12日
中京中央委、彭真提案の「当面の学術討論に関する文化革命五人小組の報告綱要」公布。

3月24日
「紅旗」に歴史学者翦伯賛を批判する論文。

4月14日
中国科学院長郭沫若は文化革命を支持し自己批判を表明。

4月16日
「北京日報」に鄧拓らを批判する論文。

4月18日
『解放軍報』は社説で「毛沢東思想の偉大な赤旗を高くかかげ、社会主義文化大革命に積極的に参加しよう」を掲載。

5月9日
「北京日報」ほか北京の2紙、自己批判。

4月30日
周恩来、アルバニア首相歓迎宴で、「社会主義文化大革命は党と国家の運命にかかわる問題である」と言明。

5月16日
中共中央委は各級機関に対し彭真らの「二月提綱」批判と中央文化小組(陳伯達組長・康生顧問・江青副組長ら)設置の決定を通達。<文化大革命>始まる。

5月29日
清華大学付属中に“紅衛兵”組織結成。

6月1日
毛沢東は北京大学の教師・学生による大学当局・党北京市委批判の「大字報」の全国放送を決定。

北京市委の改組を発表(彭真第一書記兼市長を解任)。

7月1日
「紅旗」は中共中央宣伝部副部長周揚を批判。

7月9日
陸定一党宣伝部長の解任を発表。

8月1日
中共中央委11回総会を開会(4年ぶり。文化革命小組、革命的教師、学生も参加)。

8月8日
文化大革命に関する16条を決定。

8月18日
北京天安門広場で「文化大革命勝利祝賀」の紅衛兵ら100万人集会(11月26日まで8回の大集会)。まず毛主席は珍しく軍服姿で登壇、林彪党副主席兼副首相兼国防相、周恩来首相と続き、これまで次席だった劉少奇国家主席は8番目に並んだ。

8月20日
北京で“紅衛兵”が町の改名運動に乗り出し繁華街は大混乱。これは“四旧”(古い思想、文化、風俗、習慣)に対する反対運動のひとつ。

8月24日
北京の“紅衛兵”は民主諸派の解散を要求した。

8月26日
紅衛兵運動、中国全土にひろまりはじめ北京市内のカトリック系聖心学院を閉鎖し外人宣教師らをつるし上げた。

8月28日
「人民日報」は、規律を守り暴力をやめよと、紅衛兵に呼びかけた。

8月30日
中国の反ソデモが激化、ソ連大使館前で20万人が気勢。

8月31日
北京で紅衛兵50万人の集会が開かれ周首相らが演説。林彪国防相は「武闘」より「文闘」で権力派を打倒と演説。各地区紅衛兵代表が「毛沢東思想への忠誠」を誓い、毛主席万歳を繰り返す。

9月9日
中央文化革命をじかに確かめようと大宅壮一氏ら7人が出発。

10月9日
中共中央工作会議開催(~10月28日)。席上で林彪は劉少奇国家主席と鄧小平党総書記を名刺しで批判。両人が自己批判(12月26日~27日 北京の壁新聞が報道)。

11月27日
「プラウダ」毛沢東主席を反レーニン主義と名指し非難。

11月28日
人民大会堂の「文芸界プロレタリア文化大革命大会」で江青(毛沢東夫人)は解放軍文化工作顧問になり、中国京劇院を初め4つの芸術団体が配下の新人養成学校を含めて解放軍に編入。

12月23日
壁新聞が羅端前人民解放軍総参謀長逮捕を報道。

南ベトナム焼身自殺相次ぐ

5月15日
南ベトナム政府軍、反政府運動拠点のダナンを襲撃。

5月26日
ユエで1万5,000人の反米・反政府デモ。

5月31日
グエン・カオ・キ政権に抗議し、30日にサイゴンの尼僧(19)、ユエ市では女子高生(17)が焼身自殺をし、犠牲者は5人となった。